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2014年1月13日月曜日

我が家のムーミンコレクション

僕の趣味は将棋などの白黒ハッキリつけるような勝負事が多い。スポーツ観戦でも、どちらかと言えば陸上競技よりは野球やテニス、ゴルフなど「戦略を使って相手を倒す」形式のものが好きである。一方Lは競争を好まないので基本的にスポーツを見ない。一人で走ったり泳いだりはしても、大抵のゲームは苦手だ。もうそれだけでRとLは共通の趣味をほとんど持たないといって良い。

そればかりか、Lはこれまでの人生の大半を中国で過ごした。見てきたテレビ番組も何もかも違う。そこで僕が子供の頃、面白いと思ったアニメの中で今見ても面白いと思うものをLに見せたら、わずかでも育ってきた背景の共有になるだろうと考えた。それがムーミンである。Lはテレビを見る時よく日本語字幕を表示しながら見るのだが(字があったほうが日本語を聞き取りやすいらしい)、ムーミンであれば字幕もいらない。

実際には、アニメを見せたら良いという考えがまずあってムーミンを選択したのではなく、ムーミンがまず念頭にあった。それは、何故か最近いろいろなショップでムーミングッズを見るようになったからである。確か僕はグッズのひとつを見て懐かしさを感じ、買ったものの、別にムーミンが再放送されてるわけでもないのにグッズを取り扱う店ばかりが増えだしたことにモヤモヤし、じゃあ昔のアニメのDVDでも借りて一緒に見たらいいのではと思ったのだった。

グッズを買い、ある程度アニメを見ると、ほかのグッズも欲しくなる。そんなことの繰り返しで我が家のムーミンコレクションは増えていった。結構な数になったので写真をアップしてみる。
CSS3を使っているためIE9以降もしくはIE以外のブラウザ推奨。


(1)ムーミンカレンダー2014(表参道をブラブラしている時に購入)
(2)何かグッズを買った時の紙袋をLが切り取って作ったもの。こういうことには労を惜しまない。
(3)iPhoneケース(Lが淘宝網で購入)

淘宝網は中国の有名なショッピングサイト。
このケースは中国の人が手作りで作ったものらしい。
(4)ムーミン公式ファンブック2013-2014(曙橋駅前の本屋で購入)
これを見て、今年がトーベ・ヤンソンの生誕100周年であることを知る。ムーミングッズがたくさん売られるようになったのは、このことが関係しているかもしれない。
(5)陶器の塔(Lが淘宝網で購入)
(6)道に落ちていたミーをLが拾って洗ったらしい。こういうことも労を惜しまない。
(7)調布のパルコで購入した手提げ。
R愛用。買った店の名前を僕が忘れていると、「そういうことは全て忘れる」とLが呆れる。
覚える気がないジャンルというのは、誰にでもあるものだ。
(8)1/11に八ヶ岳リゾートアウトレットで購入した108ピースのパズル。鬼のように寒かった。
(9)新宿ルミネの雑貨屋で購入した、木箱つきのカップ。もうひとつ別の絵柄が欲しいが、うちにはカップがたくさんあるからもういらないとLに言われ一旦あきらめている。
(10)二子玉川のムーミンショップで買ったバッグ。大きめ。
(11)スカイツリーとラクーアのムーミンカフェで購入した指人形たち。後ろには最近ハマっている熱帯魚の水槽が。
(12)左:新宿西口付近で購入したロータリーキャンドルホルダー
右:iPhoneケース購入時についてきたストラップ
(13)あけぼの子どもの森公園( http://goo.gl/G0zQSU )に行った時の写真を収めたPhotoブック( http://goo.gl/sRw05W にて作成)
(14)10のバッグと一緒に購入した本

ムーミンパパやママの言葉遣いが意外にアニメと違うので面食らう。
(15)公式ファンブックについてきたポーチ

2012年1月9日月曜日

第2図書係補佐に出てくる読みたい本

前回
http://spinel3.blogspot.com/2012/01/blog-post.html

「読み終わったらもう1周読んで、読んでみたい順に10冊程度ピックアップしてみようと思う。」
このように書いた。読み終わったので宣言通りピックアップしてみよう。

何もかも憂鬱な夜に
人間失格
深い河
コインロッカー・ベイビーズ
アラビアの夜の種族

世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド
親友交歓
笙野頼子三冠小説集 (河出文庫): http://goo.gl/HEv0X
中陰の花
わたしたちに許された特別な時間の終わり

コメント。

巻末に中村文則さんとの対談がのっている。彼の作品である「銃」か「何もかも憂鬱な夜に」の選択で後者を。
又吉ファンになったからには太宰は外せないので「人間失格」と「親友交歓」。
後者は太宰の面白い側面が見られるらしい。
深い河はインドが舞台ということで興味深い。
コインロッカー・ベイビーズは又吉の思い出とリンクしすぎている。この章と「右で蹴れや」の章は、ニヤつかずに読むことは難しい。人によっては爆笑するだろう。

アラビアの夜の種族は、災厄の書を読んでみたい。ちょっと紹介文から引用しよう。
「面白すぎて読む者が夢中になり破滅する」と伝えられる「災厄の書」をナポレオンに献上しナポレオンのエジプト侵攻を阻止するという設定からして規格外だ。それほど面白い物語であると冒頭で宣言した上で、実際に作中で「災厄の書」の内容を語るという真っ向勝負。

世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドは、面白いんだろうけどひょっとしたら読まないかもしれない。前に一度挫折したことがあるようなないような。
笙野頼子三冠小説集は閉ざしがちな女性たちを描いているということで興味ある。
「中陰の花」は現役僧侶の人が書いたということで興味深い。
わたしたちに許された特別な時間の終わりは、演劇そのものに対する嫌疑に満ち溢れているということで興味深い。紹介文から引用しよう。
・・・それが岡田利規さんが作・演出をするチェルフィッチュという劇団だった。チェルフィッチュの舞台は演劇そのものに対する嫌疑に満ち溢れていた。・・・公演された作品を岡田さん自身が小説化したのが、『わたしたちに許された特別な時間の終わり』である。

初めの5つは特に読んでみたいもの、あとの5つは余裕があったら読んでみたいもの。
第2図書係補佐を読まれた方、あなたの選択とは似ているでしょうか?

2012年1月8日日曜日

年末年始のインドア模様

年末実家に持って帰ったのが
・Rubyの試験本
・「ベッドルームで群論を」
だった。そんで実家でGalaxyTabに「運命の人(山崎豊子)」をダウンロードした。
東京に戻ってから又吉の「第2図書係補佐」、「zshの本」を購入。
休みの間に中国ドラマ「新・上海グランド」の続きが視聴できるようになってないか期待してたが解禁は1/19のようだ。
また1/13に映画「Railsways(2)」が公開終了なため、それは見た。

Railways(1)は島根、今回は富山。1ではエリートビジネスマンが突然会社をやめて子供の頃の夢だった電車の運転手になるのに対し2は48年間無事故無違反の運転手が定年退職する話。観客に若い人が全くいない。当然とも言えるし寂しいとも言えるが、やはり前作のほうが共感できる。でも富山鉄道から見える綺麗な景色がふんだんに使われていて映像としては楽しめた。

第2図書係補佐は初めて買った又吉本。「カキフライがないなら来なかった」とか「まさかジープで来るとは」とか、内容が想像できなかったから敬遠していたが今回のは本の本なのであろうということで購入した。でも読んでみるといわゆる本の紹介本ではない。一応各章に(だいたいは最後のほうに)その章のタイトルになってる本がちょろっと紹介されてはいるが、紹介の前に書いてあるのは基本的に又吉自身の体験談である。その体験談と本がリンクしていて、そのつながり具合を楽しむのがこの本の醍醐味であるようだ。読み終わったらもう1周読んで、読んでみたい順に10冊程度ピックアップしてみようと思う。しかし又吉、太宰のエピソードといいサッカーの話といい現役お笑い芸人であることといい、強烈なキャラクターではある。ツイッターをフォローしたが特に何もタイムラインに上がってこないのが残念だ。

第2~補佐は実家に帰る途中の尼崎で買ったんだったか。で実家では読まなかったのかもしれない。
尼崎の本屋は小さい本屋なのだがいつもいい本との出会いがある気がする。レイアウトがいいのか品揃えのバランスがいいのか、いつも電車の発車時刻を気にして急ぎながら何か良さげな本はないかと見回しているのがいいのか分からないが。その点新大阪駅の本屋は全然だめだ、バリケードのように正面に立ちふさがっている棚しか眺めたことがないしそこにはしょうもない自己啓発本しかないイメージがある。あとは新宿サブナードの本屋も立ち寄りやすい、ビブリア古書堂の事件手帖(2)は確かそこで買ったのだ。本屋はでかければいいというわけじゃない、いい出会いを直感してウロウロできるのが自分に合った本屋だと思う。

そういえば昔どっかの旅館で弟が(夕食の量があまりにも多かったために)「料理は量も味のうち」と言ってたことがあったが、それと似てる気がする。料理が多ければ残せばいいんだけども、そのコントロールを客にさせるのがフラストレーションになることもある。だいたい、全部食べられたほうが満足に決まってる。

2011年7月4日月曜日

引っ越してからのこと(2)

東京に出てくると同時に買ったタワー型のPCがついにお亡くなりになった。
電源ボタンを押しても何も起きない。
もうほとんどの用はmacbookで済んでいるので大した痛手ではないのだが7.1chサラウンド出力ができるサウンドボードが役立たずになってしまった。今まで映画のDVDを再生する時なんかはPC経由でサラウンドをエミュレーションしていたが今日電脳コイル2、3を見るにあたりmacbookで再生してみるとやはり迫力はだいぶしょぼい。

数カ月前、念の為に買っておいたiPadコネクションキットのことを思い出し、macで映画を再生してそれをstreamToMeとserveToMeを使ってiPadに飛ばし、コネクションキット+コンポジットケーブルでテレビに映す方法を試すことにした。しかしどうも、mac上の動画ファイルを再生するならこれでいいが、DVD再生をダイレクトで飛ばす方法がよく分からない。でもまぁ、iPadで再生中のyoutubeをテレビに出力できたので収穫はあった。
※iPadをAirPlayレシーバにする方法はあるのかな?
※持ってるもの大事にプロジェクトの最中なのでmacをテレビにつなぐケーブルを買うのはナシ

それはいいとして今日は前回の続きで映画の感想を。
映画って、感想を書くのが難しいと思う。本は文字ばっか書いてあるので感想を言うときには登場する文章を語彙として使えるが、映画はセリフやストーリーだけでなく映像が大きなウエイトをしめるのでそれを文章化するのに苦労するし、必ずしも展開のスピードに自分の理解スピードが追いつかない。

例えばアンダルシアを見ていてよく分からないところがあってしばらく考えてみるもののやっぱりよく分からないのできっと現段階では材料が足りないのだろうと思って考えるのをやめるが、感想の取っ掛かりは実はその考えの中にあることが多い。しかし取っ掛かりになりうる複数のそうした考えはことごとく途中でキャンセルされている(映画の最中にメモをとるわけにもいかないし!)ので、映画が終わった後に残るのは体験がらみではなく結論がらみのものばかりになってしまう。

とはいえそのことが分かっていれば、体験がらみのものはなかったかと疑うことは出来る。この映画を楽しむポイントは、女神の報復という副題を忘れることだ。実際、他人に心を開くことなんか滅多にない黒田康作が新藤結花(黒木メイサ)の境遇に(少なくとも見かけ上は)同情して必死に守ってあげようとする様を見ている時には多くの人が副題を忘れただろう。間違いなく最大の見所の1つと思う。それだけにこの後の展開は相当せつない。前作アマルフィでは(純粋なハッピーエンドではないものの)一件落着!という気持ちになって終わったが、今回のはとても一件落着しない。

さっきカッコで(少なくとも見かけ上は)と書いたが、本当に同情が見かけ上のものだったとしたら人間不信の黒田康作に同情せずにはいられないし、逆にそうでなかったとしても同情せずにいられない。前者の仮定から結果を見ればやっぱり黒田は優秀ですごい!ということになるのだが、ちょっと人間味に欠けすぎている。なので個人的には後者の仮定で、人間的なミスにより一旦不利な状況になったものの鬼のような精神力で素早くリカバーした、と考えることにしたい。どっちが作意であるかは別にどうでもいいことだが、いずれにせよ同情せずにいられないのだから切ない作品であることにかわりはない。

2011年7月3日日曜日

引越してからのこと

4月に中野に引っ越してからもう3ヶ月たつ。
区が変わることによって引越し前に契約していたCATVの解約を余儀なくされたため、
この際しばらくの間すべての情報受信・発信を絶ってみようと思い
新聞を斜め読みするほかはツイッターさえほとんど見なかった。
先週やっと光テレビのチューナーが届き、ルーターにつないだら「あなたのルーターはIPv6に対応してません」ということで使えず、しょうがないからフレッツ光のターミナルを今日買ってきたハブ経由でチューナーとルーターにつないだ。ハブはIP層とは関係ないからIPv6に対応とか非対応とか関係ないのだ。それにしても出費がかさむ。
まぁそんなわけで、情報断ちは終了します。

情報断ちの間何をしてたのかというと本を読んだりNHKオンデマンドをみたりmongodbをいじったり。
ちょっと列挙してみよう。ひとつ注意しておくと、情報断ちは知識断ちではない。
本:
 格差社会論はウソである 増田悦佐
 デイヴィドソン「言語なんて存在するのだろうか」森本浩一
 humanities法学 中山竜一
 スカイ・クロラ 森 博嗣
 CODA入門 鶴田展之
 Ruby技術者認定試験公式ガイド
電子書籍:
 歌うクジラ 村上龍
 宇宙ロマンすばる プロジェクトX制作班
 震度0 横山秀夫
 大地の子1〜4 山崎豊子
 星守る犬 村上たかし
Wii:
 影の塔
DVD・映画・NHKオンデマンド:
 スラムドッグ・ミリオネア
 チェンジリング
 孤高のメス
 ALWAYS 三丁目の夕日
 ハゲタカ(ドラマ全部)
 南極料理人
 電脳コイル(1だけ)
 アンダルシア女神の報復(今日みてきた)

軽く感想を述べてみる。まず「格差社会論はウソである」は資料の参照量がものすごく、日本の良さに対する素直な分析に好感が持てる。デイヴィドソンは何となくどんな人なのか知りたくて買った。副題が「言語なんて存在するのだろうか」となっている通り、彼は「我々が、共通の意味を持った言語を話す主体であるからコミュニケーションは成立するのではない」と主張しているようで、ある意味当たり前のように思う。言語が存在しないというのは、共通の意味を持った言語なんて存在しないという意味だ。意味は、それが相手に通じたと分かったときに見いだせるものであって、口にしたその言語が初めから意味を持っているのではない。なぜなら、持っているなら解釈する必要がないから。話す人によって、またそれを受け取る人によって様々な解釈の可能性があるのは、言葉が初めから特定の意味を持っていないことの証拠であると。

humanities法学は法哲学の本。◯◯って何だと思って本を読もうと思ったらまず◯◯史を知ることから始めるとよい、と個人的に思っている。◯◯には法律、数学、いろんなものが入る。印象に残っているのは、正義という言葉には2つの意味があるということ。法律の分野でいうところの正義は、一般的に言われるところの正義ほど曖昧な言葉ではないようだ。

スカイ・クロラは映画を寝ながら見たことがあった。初めのほうは、なーんか適当に書いているなと思って読んでいたが進むうちにキルドレと彼らが置かれた世界背景に感情移入していくのを覚えた。空中戦も、映画で見るよりむしろ文章のほうが凄みがある。知らない言葉を調べたくなった。

CODA入門は、なんかMacのいい開発用エディタないかなと思って高田馬場の本屋をぶらついて発見した。作者は仕事でお世話になってる人だったし、textmateの本がないのも手伝ってこれに決めた。
マイコミジャーナルの読者がどれくらい各記事をスクロールしているか解析するプログラムをRails3とmongodbの組み合わせで作成するのに使っている。色分けやメソッド補完などの基本機能に加えてターミナル・subversion・sftpを1ウィンドウで使うことができ非常に軽量。もう少し安いといい。

Ruby技術者認定試験公式ガイドは、引越しをキッカケに始めた「持ってるものを最大限利用しようプロジェクト」という個人的プロジェクトの一環で購入。なんというか、引越しで金がどんどん出て行くとそれが定常状態のような錯覚に陥り、スマートフォンとか使えるものまで買い換えたくなるので例えばソフトバンクとの契約を解約したiPhoneだってアプリ開発や音楽・ポッドキャストを聞くのに役立てよう。ということから始まり、「持ってるもの」は形あるものだけとは限らんよなということでrubyにまで拡張された。会社で、2ヶ月とか3ヶ月で何かしら技術を磨くのを各自宣言するための合宿といううざい企画があるのだがそれにはこの個人的プロジェクトを適用して終りだ。

電子書籍のほうはなんせ大地の子が大作なのでこれだけ感想をいう。
bookストア2Dfactoで買った本をギャラクシータブで読んでみたいと思って軽く1つ買ってみたら見事にハマってしまい時間を惜しんで一気に読みきった。3巻セットと思っていたら4巻セットであり、本だと1つ1つ厚みがあって尻込みするが電子書籍だと1ページ1ページ繰っていくだけなのでいつの間にか読み終わる。長時間ギャラクシータブに触れていたことで愛着も湧き、持ってるものプロジェクトに沿う。

さて本の内容は、満州開拓団として中国に行った日本人家族が敗戦濃厚の余波をうけ政府に見捨てられ、父と息子・その妹だけ生き残るが父は南方戦線に連れて行かれ(その後敗戦となり一人日本にとりのこされる)息子と妹はそれぞれ別の中国農民に買われていく。息子が主人公で、出自が日本人であることが文化大革命のため汚点となり続け、なんのかんのと辛酸の限りをなめつくし大人になっていくが、文化大革命の終了により転機を迎える。革命は中国の国力を恐ろしく衰退させていたので、政府は故・毛沢東の「鉄をもって要となす」の言葉どおり最新鋭の製鉄所を日本の技術協力を得て建設していく、そこで技術者でもあり日本語もできる息子が活躍・・・でクライマックスへとつながっていく。

クライマックスには2つの側面があるがネタバレ効果の薄い一方を言うことにすると、最新鋭の製鉄所を日中合作で建設していく過程がすごい。適地調査・選定から始まって価格・技術交渉、反日感情、国家の力で押してくる中国、主席・副主席の政争により遅れる工期、それによる日本側関連企業の打撃、原料調達のトラブル、エンジニアリングに対する思想の違い、そういうのを乗り越えて大プロジェクトがついに完成した時やっと生まれる日中関係者一同の一体感が、過程の描写が非常に詳細なことで浮き彫りにされている。あとがきを読むと山崎豊子が取材に苦労した様子が書かれていて、さもあろうと思う。

もう一方のクライマックスは本書の題名に関わることだが、可哀想だなと思いつつも現実的にはそうなるだろう。まさにドラマな人生を、歴史背景と結びつけて濃密に描いた大作。これを読んだあとにハゲタカを見ると薄っぺらくて仕方がない。

2011年3月22日火曜日

都心における東日本大震災、その微妙な平和ぶり(2)

週明けの3/14(月)は今思うとホワイトデーだがそんなこともちろん忘れていた。
通常業務だというので出社したが予想通り仕事にならず、意味のない日に終わった。

ところで3月末は僕が住んでいる賃貸マンションの更新があり、それに合わせて今の狭い物件から、家賃が安くて部屋が広い近場の物件に引っ越す予定であった。3/22(火)に引越し業者を呼んでいたが、余震は多いし原発の情報は手薄だし食料品は買い占められている、周りの人や実家にいる親もやたらと不安そうにしているので急遽3週間ほど延期し、引越しのためにとっていた1週間ほどの休暇を3/15から取得することにした。

3/15,16は東京で情報収集に明け暮れた。原発で制御系統が海水をかぶり、あれだけの爆発があったのでは、運転停止や炉の封じ込めには成功していると見られるとか言われても全く信用できない。巨大余震が原発付近で起こることも考えられる。もっと情報がでてくるまでとりあえず原発は発電能力が同じであれば全部同じ被害を与えうる(仮定1)と見なし、最悪の事態を想定することにする。こんなのは影響力のある人が発言すべきことではないが、関東圏に住む一般市民としては当然こう考えるところ。

テレビの報道番組によると今回の事故はスリーマイル島原子力発電所事故と似ているらしい(仮定2)。
「1989年の調査で圧力容器に亀裂が入っている事が判明し、異常事態が更に長引いていたならば、チェルノブイリ原子力発電所事故と同様の規模になっていた(仮定3)と言われている。」
仮定1・2・3より「チェルノブイリより発電能力の高い福島原発はチェルノブイリと同等以上の事故につながりうる」ことになる。

※もちろん後になってみれば・・・または、十分な情報(知識も含む)を持つ人にとって仮定1は誤りである。現代の原発は過去の事故を踏まえ、非常に安全な作りになっている。仮定2も何がどのように似ているのか定かではないし、仮定3も何故そのように言われているのかよく分からない。とはいえ、仮定しか与えられていない状況では手持ちの材料で推論するより仕方がない。

チェルノブイリ事故では結局のところ、半径300kmの範囲が(放射線管理区域に指定しなければいけないほどの)放射能汚染を受けた。東京は福島原発から300km範囲内にすっぽり入るので、これから先の情報変化によっては安全地帯ではない。引越しを延期し実家がある兵庫県に帰ったのはそのような判断もあった。実際のところ、16日の早い時点ではまだ引越しを延期するかどうか迷っていたが、こんなとき慎重にならなくていつ慎重になるのだろうという気になり、17日午前に不動産業者や引越し業者に電話を入れ延期の手続きをとった。そして同日夕方、新幹線で兵庫へ。

実家に帰ると特に母親は安心したようであった。15,16日はテレビを見ていて時間が長く感じたと言っていた。僕もそのように感じていたので、親はなおさらだろう。休暇だからといってどこかへ出かけるでもなく、新聞を読んだりツイッターを見たりした。ちなみに関西ではニュースの時間以外、民放では普通の番組をやっていてあまり震災の様子や停電の情報、原発の情報がリアルタイムに入ってこない。だから比較的整理された情報をほどよいインターバルで受け取ることができ、精神的プレッシャーはだいぶ軽減された。アメリカが80kmを避難線としたのにも安心した。

もちろん震災のほうも心配だが、僕にできることは募金くらいしかない。ちょうど、実家の家族が昔からお世話になっている牧師さんが滋賀県のほうに転勤(?)になるというので、3/20(日)ご挨拶がてらミサに行ってきた。震災の募金箱があったので募金し、牧師さんの(震災について何事か語っているのだが比喩が難しくてよく分からない)説教を聞いたり賛美歌を歌ったりした。

終わり際、牧師さんに「久しぶりの方に来ていただいてます」と急に東京の様子を尋ねられ、都心の微妙な平和ぶりを手短に話した。母は「何かしゃべらされると思ったけど先に言われるのもイヤかと思って言わなかった」と言っていた。まぁその通りではあるのだが。ほかにも、別に話をふられてもいないのに何人かが適当に話をしてお開きとなった。田舎のミサらしい感じがして何だか和む。

都心の微妙な平和ぶり・・・今回の感想として、都心では皆かなり冷静であった(買い占めという不可解な出来事はあったものの)。しかしあまり、情報を個々人が求めていく感じがしないところに少し心配を覚える。自分自身を含め、関係者が被災しているような場合には体が自然と動くだろう。でも都心において、地震の被害が結果的に軽微だったからといって、計画停電の区域から外れているからといって、原発から遠くはなれているからといって、いつもと同じことを粛々と続けている人々を見ていると、彼らは一体いつ(身体的反射以外の)行為を計画し決断するのだろうと疑ってしまう。

すぐに逃げろとは言わないが、せめて情報が少なく余震確率が高いうちは活動を控えるべきであるし、企業の経営者は社員に活動を控えさせるべきである。今回の件でよく分かったが、震災の影響を大して受けていない都心企業の経営者が何も決断せず通常勤務を言い渡した場合に社員が単独で決断をすると、そいつは「他の社員が頑張っているのに真っ先に逃げる無責任者」ということになるらしい。正常性バイアスで目が曇っているとしか思えない。

アメリカが原発事故から数日もたたないうちに廃炉を前提とした技術援助を日本に申し入れたという話がある。東電が「自分のところでできるから」と言ったから、という理由で政府はその提案を断った(もしくは保留した)らしい。しかしながら3/22現在の情報によれば、損傷のない5号機と6号機までもが(地元の住民感情を考えれば)廃炉やむなしという見解のようだ。何だかチグハグなように思われる。5・6号機が廃炉なら第2原発も廃炉ではないのか。

個人的な話に戻るけれど、マンションの契約更新をしたので引越しをするモチベーションはいくらか減ってしまった。それでも引越しはしたいと思う。選択や行動をするのに多くの重要な理由を求めてしまうと、やはり人間の行動力というのは徐々に落ちていってしまうだろうから。

都心における東日本大震災、その微妙な平和ぶり(1)

2011/3/11金曜日、東日本大震災があった。
僕がつとめる毎日新聞社ビルでも震度5強の揺れがあり、
天井が落ちたり本が雑誌がぎっしり詰まった僕の席の隣の棚が倒れてきたりした。
近くの九段会館でも天井が落ち、そちらでは運の悪いことに1名お亡くなりになったらしい。

マグニチュード8.8という情報はすぐ入ってきたから、普通に考えて週明けは自宅待機だろう。
なぜなら強い余震がさらに近い場所で起こることがありえ、また天井が落ちるなどの予測不能事態がありえ、
すると九段会館同様の事故がありえるから。1日弱たってから分かったことだが原発(電力)の問題もある。
しかし残念ながら会社に危機意識がなく、この予想は覆された。

3/11地震後は近くの公園に避難指示。その後に帰宅許可がでたので帰ろうとしたが電車が動かない。
会社に戻って行く人も多かったが、電車が長く動かないことも考えられるので
ひと駅ずつ西(帰宅方向)に歩きながら電車の状況(や震災の影響)を確認することに。
とりあえず上司(運のいいことに休み中)に電話をかけるがつながらない。

竹橋から九段下に向かう途中、腰を落ち着けてギャラタブ(スマートフォン)で情報を見るために
プロントなど喫茶店を見て回るが営業を中止しているか持ち帰りのみとなっている所が多かった。
九段下の地下鉄入り口をひとめ見ると大勢の人がたむろしており、まだ電車が動いてないことが分かる。
小諸そばならやっているだろうということで別に食べたくもないがそばを食べた。
こんなに混んでいる小諸そばは初めてだ。

ギャラタブで情報を確認していると、隣に座っていた中国人のおばさんが片言の日本語で話しかけてきた。
中国人はいつも気さくなのかもしれないが、災害時だし既に共通の話題が約束されているから
余計話しかけやすいのだろう。小諸そばは口に合わなかったのか、そばもご飯も大量に残っていた。
ご飯がついているところから見てお腹じたいは減っていたと思われる。
小諸ファンとしては遺憾である。

外を見てもたむろの人々が動き出す気配はないので飯田橋に向かう。
しかし間違えて市ヶ谷方面に歩いてしまい時間を大幅ロス。
東西線の線路沿いに歩いていけば家には着くはずなのだが地下鉄なので線路が見えない。
総武線が動いていればそれで帰れると思ったが動いていなさそうだ。しぶしぶ元の道を戻る。

飯田橋についたのは18時くらいだったか。もうだいぶ暗くなり、外はかなり寒い。
バス停に長蛇の列。たしかに、これに乗れたら高田馬場まで帰れる・・・
でもこんな寒いところで待つ気しないよ。と思いつつも一旦はなまるうどんに退避し、
出てきた時に列が短くなっていれば待ってみようかなと思った。

はなまるうどんのうどんは美味しくて元気がでた。
情報収集も完了し、JRが早々に本日中の運転再開を断念したことを知る。
バス停の列は全く短くなっていない、むしろ伸びている。
しかし往生際わるく、都営大江戸線の様子を見に行ってみることに。

飯田橋の都営大江戸線ホームには初めて行ったが、遠かった。二度と使わないだろう。
結局動いておらず、飯田橋を後にして神楽坂に向かう。
地下鉄ではあんなに近い飯田橋 - 神楽坂間がこんなに時間かかるとは・・・
牛込神楽坂に心を惑わされつつ何とか神楽坂を通り過ぎ、休まず早稲田へ。
どこまで行っても歩いて帰る人達がたくさんいた。

そばとうどんで腹は一杯なものの寒さで限界が訪れ、早稲田のカフェで一服。
20時15分くらいに入ったが、20時半閉店と言われた。
コーヒーを飲んで情報収集している時、グループ会社の知人から電話が。
新宿オフィスがエレベーター動かなくて、23階に来客があった彼女は客を送るため1階まで往復したのだと言う。ふーむ。

もっと高い建物にいる人は大変だったろうな。
東京タワーを外から見ていた人の話じゃ、地震のとき「たわわ、たわわ」と揺れていたそうだ。
そんなこんなで21時ごろ自宅についた。
地震直後にも電話したが、再び実家にPHSで連絡をいれる。
今回の地震では各社携帯がつながりにくい中、PHSとツイッターは非常に役に立ってくれた。

結構しんどかったが、歩いて帰れるのは有り難いことだ。テレビを見ながら、そう思った。

2010年5月22日土曜日

オフライン環境の大切さ

学生時代はAUを持ったりツーカーを持ったりしていたが、社会人になってからiPhoneを持つまではずっとwillcomのPHSを使っていた。willcomPHSのフルブラウザなんて使えたもんじゃないので、外にいる時はオフラインも同然だ。ところがiPhoneを持ってからというもの、いつでもどこでもオンラインになった。ツイッターやbrightkiteを始めたし、ブラウザだけじゃなくネットを利用する便利なアプリが山ほどあり、しかも本を読むよりラクなので、例えば喫茶店で腰を下ろしたら何となくiPhoneを取り出しいじってしまう。

これはよろしくないと思った。オフラインであれば何か考えたい時には考え、疲れている時には本を読み、それさえ気が進まない時にはボーっとして頭と目を休められたものを、全く有意義とはいえない(しかも目も頭も休まらない)作業を常にしなければならない。月額固定の通信料を払っている状態ではたくさん使ったほうがトクだという考えがそうさせる。

効率から考えれば、ネットを使うべき作業は3G+モバイル機器ではなくwifi環境+PCで行ったほうがいい。外にいるときのちょっとした時間でネット作業ができるからといって非効率な時間の使い方をしていたら、考える時間を省いたツケがさらなる効率の低下を招くだろう。気が散るものが周囲にあっては、人間考えないのだ。だから書斎にPCは置かないほうがいいし、置いたとしてもネットにつなぐべきではないと思う。

そういうわけでiPhoneは解約して、並行して使っていたPHSはwindows-mobile6.5の機種(hybrid-w03,以下灰鰤)に変更することにした。これは本体代金は高いが、無線LANのアクセスポイントになる機能を持つ。無線LANといってもPHS回線なので(本当は3G回線も選べる。それがhybridの意味なのだが、PHS回線だけ使う分には通信料が全くかからない)通信速度は遅いし、例えばiPhoneからその無線LANにつなぐのにいくつか操作を要するので解約前のiPhoneに比べたら不便なのだが、オフライン環境が重要という考え方からするとこれで十分だ。不便であるからこそ、よっぽどの理由がある時でなければネットにつないだりしない。

最近は SIMフリーのpocket-wifi のような、無線LANに対応したあらゆる機器をいつでもどこでもオンラインにするための商品がでてきている。そもそも公衆無線LANのエリア自体がどんどん広くなっているのだから、長い目で見れば人間の生活圏全体がオンラインになってしまうのかもしれない。ノイズに気を散らさずにすむ空間を構築する必要性はこれからますます重要になってくるだろう。それが書斎のような実体なのか、自己コントロールの精神的技術のようなものなのかは分からないが。