JSの設定

2012年12月30日日曜日

who knows what が英語のわけ

http://welself.blogspot.jp/2012/11/blog-post_26.html
ここにも書評があるが、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』を立ち読みした。
個人的には、「組織の記憶力を高めるためにはWhatよりもWho knows whatが大事」というトランザクティブメモリーの話や、イノベーションを起こすための「知の探索と知の進化の両利きの経営」といったトピックは、いまの会社の経営にも参考になり、とても面白かった。
とブログに書いてあるが、トランザクティブメモリーをもうちょっと詳しく説明すると{知識そのものよりも「誰が何を知っているか」に関する知識が重要}ということである。自分に各専門分野の知識が足りなくても、ある問題を聞いた時に誰だったらそれを解決できそうか分かるならば困ることはない。

しかし本稿で注目するポイントは経営論ではなく、どうして日本語で書かれた本にWho knows what という英語表現が出てくるかである。簡単に言えば、前述の説明に登場した「誰が何を知っているか」という文章を構成している「」を省略する役割を持っている。※1
つまり次の2つの文章は同じ意味である。

A:<知識そのものよりも「誰が何を知っているか」に関する知識が重要>
B:<知識そのものよりもWho knows what に関する知識が重要>

「」を使った文章をAタイプ、英語を使った文章をBタイプと呼ぶことにしよう。
Bタイプの利点は、日本語の文章全体をパッと見た時に英語部分が明らかに異物であるために、どこからどこまでが異物なのか範囲が明確なことである。Aタイプでは「」の中身も日本語なので、カッコのどちらか一方を見落とせばその中身は簡単に外側の日本語と混ざり合ってしまう。上記ではカッコの中身が短いからまだいいが、長いとカッコの始まりと終わりを見つけるだけで大変な作業である。

同様の例は他にもある。例えば物理の公式。以下はブラッグの法則と言われるもの(説明のために少し形を変えてある)。
sinθ=nλ
注目すべきは、ギリシャ文字が含まれていることである。θはシータ、λはラムダと読む。私たち日本人にとってアルファベットですら異物なのに、さらに異物のギリシャ文字を使うのは何故か。そのメリットの1つは、やはり「周囲と混ざらない」ということである(単純に、使える文字が増えるというのも勿論ある)。

上記の式を敢えて日本語で読むと次のようになる。
”シータのサインはエヌとラムダの掛け算に等しい”
もしギリシャ文字を使っていなければどうなるか、例を見よう。
sing=no
θを”g”に、λを”o”に変えただけなので、当然次の意味になるべきである。
”ジーのサインはエヌとオーの掛け算に等しい”

しかし”sing=no”を見てこの読み方ができる人はいないだろう。
どう見ても”歌う=ダメ”なのだから。gやoは完璧に周囲と混ざる例であったが、式全体をパッと見た時に全ての文字が同一文字種(この場合アルファベット)で出来ていれば、人間の目はまずそれを何らかの単語として見るのである。gやo以外の、混ざるか混ざらないか微妙なアルファベットを使った場合はギリシャ文字と同様の読み方ができるかもしれないが、それには「何らかの単語として見るのが失敗する」という不快な出来事を乗り越える必要がある。

この無駄がなくなるため、意味の塊を異物で表記するメリットがある。閾値のことをThresholdと言い換えても意味はほとんど同じであるが、それでも日本語の中に異物を登場させることにより「そこにキーワードがある」という事実を強調する役割はある。ただ逆に言えば、文脈においてそれがキーワードではないのに恰好つけるために異物を混ぜれば(文章全体の見通しを損なう)ノイズにしかならないということである。従って、無条件の恰好つけと無条件の異物嫌悪はどちらも避けるべきである。

※1
Who knows what は、それがキーワードだけで出来ているのも利点である。「誰が何を知っているか」と書いた場合、意味の大部分を成すのは「誰」「何」「知」の漢字3文字であり、残りのひらがな7文字は余分である(※2)。余分な文字の数が(10文字から成る)文章全体の7割を占める点でこの文章は全体の見通しが悪く、そこへ行くとWho knows what は優れている。


※2
ひらがな7文字が余分というのは、日本語が英語より劣っていることを意味しない。小回りが利く言語は時に表現が冗長だということである。Who knows what という3ワード文は、それ単体で「誰が何を知っているか」より細かいニュアンスを表現できる可能性は低いだろう。しかし「Who knows what の詳しい説明」=γなどと定義して、それ以降の文ではγを使えば「誰が何を知っているか」と書く以上に表現力は高い(かつ、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』全体を通してγが頻出するのであれば、筆者にとって書くのがだいぶ楽になり読者にとっても見通しが良い)。

そう考えるとWho knows what を使うことは、γを使うよりワード数が少し増えるものの、パッと見て定義を思い出しやすいという利点を持つ。そういう戦略なのだろうと考えることができる。