<?xml version='1.0' encoding='UTF-8'?><?xml-stylesheet href="http://www.blogger.com/styles/atom.css" type="text/css"?><feed xmlns='http://www.w3.org/2005/Atom' xmlns:openSearch='http://a9.com/-/spec/opensearchrss/1.0/' xmlns:georss='http://www.georss.org/georss' xmlns:gd='http://schemas.google.com/g/2005' xmlns:thr='http://purl.org/syndication/thread/1.0'><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851</id><updated>2012-02-19T09:57:49.306+09:00</updated><title type='text'>寒い {{(&gt;_&lt;)}}</title><subtitle type='html'>いつまでもtwitterとtumblrでラクに過ごしてちゃいかんなと思ったよ。というか真面目に書いたものがちゃんとした形で残らないサービスを使ってるとポストがどんどんいい加減になる。いかんですよ。</subtitle><link rel='http://schemas.google.com/g/2005#feed' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/posts/default'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default?max-results=100'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/'/><link rel='hub' href='http://pubsubhubbub.appspot.com/'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><generator version='7.00' uri='http://www.blogger.com'>Blogger</generator><openSearch:totalResults>42</openSearch:totalResults><openSearch:startIndex>1</openSearch:startIndex><openSearch:itemsPerPage>100</openSearch:itemsPerPage><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-7684278935343406049</id><published>2012-02-19T09:50:00.000+09:00</published><updated>2012-02-19T09:50:46.641+09:00</updated><title type='text'>Developers Summit 2012 の感想その１</title><content type='html'>10年後も世界で通じるエンジニアであるために　Developers Summit 2012&lt;br /&gt;http://codezine.jp/devsumi/2012&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;デブサミに２日連続で行ってきたので、とりあえず感想を書こうと思う。&lt;br /&gt;まー今回は１０周年ということでこの１０年間のまとめみたいなテーマが多かったように思われ、&lt;br /&gt;特に印象に残ったのは「3・11から見えた社会基盤としてのIT」と「ライターズ・フィロソフィー　IT業界で書いて食っていくひとたちの哲学をきこう（仮）」という、ちょっとテクノロジー寄りではないセッションであった。&lt;br /&gt;資料がアップされたら各セッションの詳細を振り返ることにする。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;で、内容を詳しく覚えているわけじゃないんだけど今回は何故か開発プロセスのセッションを３つも受けてしまった。&lt;br /&gt;全部面白かったけれども、スクラムだとか（アジャイルの一種）をどう日頃の開発業務に取り入れていくべきかっていう話は少なくともうちの会社には時期尚早なので、セッションの内容とは直接関係ないことばっかり考えることになったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;うちの会社は就職・転職情報サイトなどリクルート的なウェブサイトをいくつか運営していて各サイトごとに社内SEみたいのがついているが、例えばソーシャルゲーム開発ができるほどの部隊がいないためエンジニアは基本的に売上を生まず人件費だけかかる存在としか（事実上）考えられておらず、上層部がITに疎いことも相まってエンジニアの数を増やす経営判断は後手に回りがちなのである。&lt;br /&gt;別に自社批判をしているつもりはなく、彼らは彼らにとって確信的なビジョンのない博打をしないだけであろうと思っている。面白いソーシャルゲームに自然とユーザが集まる、つまり営業・販促の費用が抑えられエンジニアの人件費だけで莫大なPVを得られることが分かっているならエンジニアを増やす判断は難しくない。しかしノウハウもない会社が突然ソーシャルゲーム市場に参入できるわけもないので、別の例を用いてそういった「判断が難しくない状況」に持っていくことが重要になってくる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最近DVDで「無法地帯」を見ていて、その中で元帝国陸軍大本営参謀の壹岐正がシベリア抑留を経て近畿商事（伊藤忠がモデルとされている）に入社し商社の大本営たる業務本部創設を社長に提言するが、壹岐がそれをしなければ近畿商事はしばらく重要な組織を欠いた状態のままであったと思われる。壱岐の提言が受け入れられたのは、彼の大本営参謀としての頭脳に社長が信頼を寄せていたこともあるかもしれないが、業務本部を作ることのメリットがデメリットを上回る、しかも割と短期的にそうであることをうまく説明することによって社長を「判断が難しくない状況」に持っていったのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ある分野に対する上層部の理解がないという状況でありがちだと思うのは、提言がとても中途半端なために単なる愚痴や文句になってしまい聞き入れてもらえずそれ以降あきらめるというパターンである。エンジニアの話でいえば、要は１人雇うと１人分以上の利益が出るようなエンジニアの使い方（体制）を予め用意できていればいいわけで、その用意ができるのはITに疎い上層部ではない。しかしその用意をするためには時間と方法論が必要であり、方法論のほうはエンジニアが習得すべきことであるが時間を与えるのは上層部の役目である。しかしその時間を与える理由が前述のような体制を作るためであって、時間があるとこれこれこのように体制が実現する見込みであると説明するのはエンジニアの役目である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;簡単に考えれば、既存のサイトが例えば１PVあたり１円の儲けになるとすると、１００万ほど月平均PVをアップさせればいい（厳密に言うと、その原因をエンジニアに帰着させなければいけない）のだが、新しくＡ人のエンジニアを採用して同じサイトをＡ☓１００万PV増やすのはＡが大きくなるほど難しくなる。よって、そのサイトの総PVが１００万に対して非常に大きいか（例えば月１億PVのサイトであれば、わずかな直帰率の改善で大きくPVが増える）、少なくとも同規模のサイトが複数存在する必要がある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、まず増やしやすいのは既存サイトの改善部隊であろう。PVアップの施策を行い、うまくいったらその原因を自分たちの施策に帰着させるためのレポートを行う。反対に、新規サイトの自社構築部隊は後回しになるだろう。新規サイトが増えていけばそれぞれに改善部隊を設けることができ、エンジニアの絶対数が増えるとGoogleの20％ルールのようなプロジェクトによって自前でβサービスを立ち上げられるようになる可能性が高い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;他社構築が前提となっている状態の問題点は、コーディングスキルの高い人がつまらないこと（ひいては、そういう人の需要も供給もなくなる）、また他社構築を要するほど大きい案件ばかりでは新規サイトが増えるスピードが遅いためエンジニアの絶対数が増えるスピードも遅く、２０％ルールを適用するのに必要な余剰時間が作れないこと、つまりコンテンツエンジニア※が生まれないことである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※コンテンツエンジニア&lt;br /&gt;例えばソーシャルゲームのコンテンツをエンジニアが提供しているとすれば、その人はコンテンツエンジニアである。MovableTypeで記事を作るのがライターなのであれば、そのMTを用意した人はコンテンツエンジニアではない。&lt;br /&gt;PVを生む当の人がエンジニアである場合を含めれば、前述の改善部隊も広義のコンテンツエンジニアと呼べるかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まーしかし、ここに矛盾が１つあって、自社にコンテンツエンジニア部隊を持ちたいと考える人は自分がその部隊に入りたいのであって、体制を作っていく当事者になりたいとは限らないしその手の才能なり元気なり覚悟なりがあるとも限らない。うちのエンジニアに聞いてもそのように言っている人はいる。他社構築から自社構築へと転換した話としては昨年のデブサミでDeNAの南場さんが自社の例を紹介していたが、ぼんやり覚えている限りでは、自社で開発しないのにコンサルなんてできねぇよみたいな思いから端を発していた。ふむ、そりゃそうだ。だからDeNAでは上層部のレベルでハードランディング路線を決める判断に確信が持てたんだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;うちの場合はコンサルなんてやってないし、他社構築でも直近では問題ない。だから少なくとも論理レベルでは、自社構築路線に転換するにはソフトランディング路線が求められる。デブサミは新しい技術、開発プロセス、クラウドなどの新製品、エンジニアのキャリアに関するセッションはあるが、非IT企業がIT企業になる過程の話を聞くことはあまりない。ある程度組織の基盤が固まったらその先は開発プロセスの分野からヒントが見つかる気もするが、その前は・・・経営論でも参照すると何か書いてあるんだろうか。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-7684278935343406049?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/7684278935343406049/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/02/developers-summit-2012.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/7684278935343406049'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/7684278935343406049'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/02/developers-summit-2012.html' title='Developers Summit 2012 の感想その１'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-3244160632298071314</id><published>2012-02-14T00:38:00.001+09:00</published><updated>2012-02-14T00:50:41.883+09:00</updated><title type='text'>利他について</title><content type='html'>タイム・コンサルタントの日誌から : 書評：「持続不可能性」　サイモン・レヴィン著&lt;br /&gt;http://brevis.exblog.jp/14689955/&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;生物界には、「利他的」としか言いようのない、不思議な現象が時々ある。それを、めぐりめぐって最終的には自己や自種の適応可能性を高めるから、という視点から説明しようという、いかにもネオ・ダーウィニズム的な研究アプローチである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、本当にそういう説明ですべてが納得できるのだろうか。進化ゲーム理論やネオ・ダーウィニズムには、競争原理はあれども、協働原理は存在しようがない。前提条件から排除されているからだ。&lt;br /&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;なんか前にもReblogしたような気がするけど・・・既視感かもしれないけど・・・なんか気になるテーマです、利他。&lt;br /&gt;ふつうは生物の進化は自然淘汰がその原理とされている。個体が自分自身のためにつまり「利己的に」生き、その生き方が自分の長寿というか繁栄力をもたらすのであれば、その生き方に対応した遺伝子が次の世代において優勢になる。これは利他を装った利己であっても同じことでしょう。なぜなら「生き方が自分の長寿というか繁栄力をもたらすのであれば・・・」という文章中の「生き方」は、それがどんな内容であっても文章全体の意味を壊さないから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも引用文中の「自種の適応可能性を高めるから」という部分は簡単に見逃せない。ここで言ってるのは、ある生き方が（めぐりめぐって最終的に）自分のためにならなくても、自分の生物種の繁栄をもたらすならばその生き方が自然淘汰によって優勢になるという意味かと思うが、るろけんの志々雄真実も言ってるとおり「強い者が生き残るんじゃない、生き残ったものが強いんだ」であり、遺伝子の拡散ってそもそも個体が生き残らないことには起きようがないわけで、仮にある生き方が自分の生物種の繁栄に寄与するものだとしても自分自身のためにならないならその生き方は後世に伝わらない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;といっても、人間なら利他があっても不思議はないかなという気もする。人間には遺伝子とは別の形で文化を伝える手段があり、それぞれ文化Aと文化Bを持つ国家AとBがあって、それらが戦争でもして国家Bが消滅した場合、Bの文化もあらかた消滅するわけであるから文化Aが後世に残るだろう。この場合、利他が国家のためになるなら利他が美徳として奨励されていたのは文化BではなくAのほうである可能性が高い。要するに利他は文化であって本能じゃないんじゃなかろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もし利他が本能なのだとしたら、わざわざ奨励する必要はないわけである。お母さんを大切にしましょう・・・これは遠まわしな利己だ、だからそんなに奨励する必要はない。でも子供が成人したら彼は母親なしで生きていける、だから成人した子供が母親を大切にするのは遠まわしな利己とは言えない、つまり利他だ、だから奨励する必要があって、実際奨励に用いられている言葉は「親孝行」でありその対象は大人である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もし原始的な生物に利他があるとするなら、その生物種の個体間にも文化的なものがあるんじゃないだろうか。例えば模倣とか。ある個体が気まぐれで利他アクションを起こし、それがなんか真似したい感じだったので近くにいた個体が次々に真似をして、世代間のオーバーラップによって伝えられていくような。集団的にその利他アクションを行うと生物種にとって良い影響があるなら、利他アクションを行わない類似の生物種より繁栄しやすいことになるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり、遺伝子じゃなくアフォーダンス的な反応（原始的な模倣）によって伝わっていくことって実は結構あるのだが、我々から見て利己的と思われる行動は自然淘汰ということにして、利他的と思われる行動は何とか利己に帰着させようという、そういう間違いをしてる可能性ってないのかしらと思ったりした。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-3244160632298071314?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/3244160632298071314/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/02/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3244160632298071314'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3244160632298071314'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/02/blog-post.html' title='利他について'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' 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Lounge：第9回　SinatraとSequel・Hamlで掲示板アプリを作る｜gihyo.jp … 技術評論社&lt;br /&gt;http://gihyo.jp/dev/serial/01/ruby/0009&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;上の通り、公開されてるコード（ http://github.com/yhara/sinatbbs/tree/magazine ）をとってきて動かせばローカルで掲示板アプリがサクっと動くが、Herokuで動かすには少し修正がいる。以下、その手順をメモ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯ファイル追加など&lt;br /&gt;- Gemfile&lt;br /&gt;　sinatra, haml, sequel, sqlite3, heroku をGemfileに書き、bundle install --path ./vendor/bundle としておく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- start.rb 修正&lt;br /&gt;　require './model/comment.rb'　（./を先頭につける）&lt;br /&gt;※&lt;br /&gt;Ruby 1.9.2から$LOAD_PATHにカレントディレクトリが含まれなくなった - ぬいぐるみライフ(仮)&lt;br /&gt;http://d.hatena.ne.jp/mickey24/20100907/1283869273&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- comment.rb 修正&lt;br /&gt;　Sequel.connect(ENV['DATABASE_URL'] || "sqlite://db/development.sqlite3")&lt;br /&gt;※&lt;br /&gt;デプロイ時も考慮して、DBへの接続は Sequel.connect(ENV['DATABASE_URL'] || 'sqlite://my.db') という感じで書く必要あり。 - Lost+Found&lt;br /&gt;http://d.hatena.ne.jp/Snaka/20090704/1246712748&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- migration用ファイルの作成&lt;br /&gt;　db/migrate/001_create_posts.rb&lt;br /&gt;&lt;pre&gt;class CreateComments &lt; Sequel::Migration&lt;br /&gt;  def up&lt;br /&gt;    create_table :comments do&lt;br /&gt;      primary_key :id&lt;br /&gt;      text :name&lt;br /&gt;      text :title&lt;br /&gt;      text :message&lt;br /&gt;      timestamp :posted_date&lt;br /&gt;    end&lt;br /&gt;  end&lt;br /&gt;end&lt;/pre&gt;- Rakefile作成&lt;pre&gt;require 'rubygems'&lt;br /&gt;require 'rake'&lt;br /&gt;require 'sequel'&lt;br /&gt;require 'sequel/extensions/migration'&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;namespace :db do&lt;br /&gt;  desc "migrate database"&lt;br /&gt;  task :migrate do&lt;br /&gt;    DB = Sequel.connect(ENV['DATABASE_URL'] ||'sqlite://db/development.sqlite3')&lt;br /&gt;    Sequel::Migrator.apply(DB, './db/migrate')&lt;br /&gt;  end&lt;br /&gt;end&lt;/pre&gt;&lt;br /&gt;- config.ru作成&lt;br /&gt;require './start.rb'&lt;br /&gt;run Sinatra::Application&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※&lt;br /&gt;Ruby Freaks Lounge：第23回　Rackとは何か（1）Rackの生まれた背景｜gihyo.jp … 技術評論社&lt;br /&gt;http://gihyo.jp/dev/serial/01/ruby/0023&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯ローカルで動かしてみる&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# rake db:migrate&lt;br /&gt;※sqliteなので不要だが、herokuで必要なので確認しておく&lt;br /&gt;# rackup&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯Herokuで動かす&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# git init&lt;br /&gt;# git add ./&lt;br /&gt;# git commit -am "＜コメント＞"&lt;br /&gt;# heroku create ＜app名＞&lt;br /&gt;# git push heroku master&lt;br /&gt;# heroku rake db:migrate&lt;br /&gt;# heroku open&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;http://bbs-sp3.heroku.com/&lt;br /&gt;完成。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;参考サイト：&lt;br /&gt;CSS拡張メタ言語「SCSS(Sass)」と「LESS」の比較 - (DxD)∞&lt;br /&gt;http://dxd8.com/archives/217/&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ruby Sequel DBアクセスライブラリ - yshのメモ日記&lt;br /&gt;http://d.hatena.ne.jp/yshgt/20080629/1214720897&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;herokuでsqliteなsequelつかうときのメモ - Lost+Found&lt;br /&gt;http://d.hatena.ne.jp/Snaka/20090709/1247155835&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;sequelでmigration | ゆーすけぶろぐ&lt;br /&gt;http://yusukezzz.net/blog/archives/1574&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Sinatraの使い方 - ayaketanのプログラミング勉強日記&lt;br /&gt;http://d.hatena.ne.jp/ayaketan/20111219/1324295283&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-806179413419259913?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/806179413419259913/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/sinatrasequelhamlheroku.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/806179413419259913'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/806179413419259913'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/sinatrasequelhamlheroku.html' title='SinatraとSequel・Hamlで掲示板アプリを作る　そしてHerokuへあげる'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-2321870869278246376</id><published>2012-01-22T17:44:00.005+09:00</published><updated>2012-01-28T21:32:26.093+09:00</updated><title type='text'>Heroku で lokka</title><content type='html'>lokkaという、sinatra（軽量rails）上で動くcmsをHeroku（ruby版Paas）にアップする手順メモ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯環境&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Mac OS  X  10.6.8&lt;br /&gt;MacPorts 2.0.3&lt;br /&gt;rvm 1.10.2&lt;br /&gt;ruby 1.9.2p290 (2011-07-09 revision 32553) [x86_64-darwin10.8.0]&lt;br /&gt;gem 1.8.15&lt;br /&gt;heroku (2.18.1)&lt;br /&gt;git version 1.7.7.4&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯環境構築手順&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;http://www.macports.org/install.php&lt;br /&gt;macportsのインストール（略）&lt;br /&gt;rvmのインストール（略）&lt;br /&gt;rubyのインストール（略）&lt;br /&gt;gitのインストール（略）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;git clone git://github.com/komagata/lokka.git  #lokkaを取得する&lt;br /&gt;cp -p database.default.yml database.yml  #lokkaディレクトリ内にdatabase.ymlを作成&lt;br /&gt;bundle install ./vendor/bundle --without development postgresql  #postgresを使わない設定&lt;br /&gt;bundle exec rake db:setup&lt;br /&gt;bundle exec rackup  #ローカルでlokkaが確認できる&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;gem install heroku  #ここからherokuにデプロイしていく&lt;br /&gt;heroku create&lt;br /&gt;git push heroku master  #ssh公開鍵を作成しておく必要がある&lt;br /&gt;heroku rake db:setup&lt;br /&gt;heroku open  #デプロイされたlokkaを確認できる&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;gem install taps  #ローカルでlokka確認したときユーザ作成などしていたらDBをpushする&lt;br /&gt;heroku db:push sqlite://db/development.sqlite3&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯できたもの&lt;br /&gt;http://spinel3-lokka.heroku.com/&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯参考サイト&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;HerokuでWebアプリ開発を始めるなら知っておきたいこと (7)ブログならLokka - アインシュタインの電話番号☎&lt;br /&gt;http://d.hatena.ne.jp/ruedap/20110505/ruby_heroku_web_app_development_tips_7&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;LokkaをインストールしてHerokuにデプロイした - kk_Atakaの日記&lt;br /&gt;http://d.hatena.ne.jp/kk_Ataka/20111127/1322329546&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;HerokuでDBのデータをダウンロードしたりアップロードしたり - アインシュタインの電話番号☎&lt;br /&gt;http://d.hatena.ne.jp/ruedap/20110222/ruby_heroku_database_sqlite3_download_upload&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;HerokuにWebアプリ(Sinatra)をデプロイする手順をまとめた - kk_Atakaの日記&lt;br /&gt;http://d.hatena.ne.jp/kk_Ataka/20111126/1322240459&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-2321870869278246376?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/2321870869278246376/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/heroku-lokka.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/2321870869278246376'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/2321870869278246376'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/heroku-lokka.html' title='Heroku で lokka'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-8784444352108428247</id><published>2012-01-09T18:39:00.001+09:00</published><updated>2012-01-09T18:46:24.907+09:00</updated><title type='text'>第２図書係補佐に出てくる読みたい本</title><content type='html'>前回&lt;br /&gt;http://spinel3.blogspot.com/2012/01/blog-post.html&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「読み終わったらもう１周読んで、読んでみたい順に１０冊程度ピックアップしてみようと思う。」&lt;br /&gt;このように書いた。読み終わったので宣言通りピックアップしてみよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;何もかも憂鬱な夜に&lt;br /&gt;人間失格&lt;br /&gt;深い河&lt;br /&gt;コインロッカー・ベイビーズ&lt;br /&gt;アラビアの夜の種族&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド&lt;br /&gt;親友交歓&lt;br /&gt;笙野頼子三冠小説集 (河出文庫): http://goo.gl/HEv0X&lt;br /&gt;中陰の花&lt;br /&gt;わたしたちに許された特別な時間の終わり&lt;br /&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;コメント。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;巻末に中村文則さんとの対談がのっている。彼の作品である「銃」か「何もかも憂鬱な夜に」の選択で後者を。&lt;br /&gt;又吉ファンになったからには太宰は外せないので「人間失格」と「親友交歓」。&lt;br /&gt;後者は太宰の面白い側面が見られるらしい。&lt;br /&gt;深い河はインドが舞台ということで興味深い。&lt;br /&gt;コインロッカー・ベイビーズは又吉の思い出とリンクしすぎている。この章と「右で蹴れや」の章は、ニヤつかずに読むことは難しい。人によっては爆笑するだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アラビアの夜の種族は、災厄の書を読んでみたい。ちょっと紹介文から引用しよう。&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;「面白すぎて読む者が夢中になり破滅する」と伝えられる「災厄の書」をナポレオンに献上しナポレオンのエジプト侵攻を阻止するという設定からして規格外だ。それほど面白い物語であると冒頭で宣言した上で、実際に作中で「災厄の書」の内容を語るという真っ向勝負。&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドは、面白いんだろうけどひょっとしたら読まないかもしれない。前に一度挫折したことがあるようなないような。&lt;br /&gt;笙野頼子三冠小説集は閉ざしがちな女性たちを描いているということで興味ある。&lt;br /&gt;「中陰の花」は現役僧侶の人が書いたということで興味深い。&lt;br /&gt;わたしたちに許された特別な時間の終わりは、演劇そのものに対する嫌疑に満ち溢れているということで興味深い。紹介文から引用しよう。&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;・・・それが岡田利規さんが作・演出をするチェルフィッチュという劇団だった。チェルフィッチュの舞台は演劇そのものに対する嫌疑に満ち溢れていた。・・・公演された作品を岡田さん自身が小説化したのが、『わたしたちに許された特別な時間の終わり』である。&lt;br /&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;初めの５つは特に読んでみたいもの、あとの５つは余裕があったら読んでみたいもの。&lt;br /&gt;第２図書係補佐を読まれた方、あなたの選択とは似ているでしょうか？&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-8784444352108428247?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/8784444352108428247/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/blog-post_09.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/8784444352108428247'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/8784444352108428247'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/blog-post_09.html' title='第２図書係補佐に出てくる読みたい本'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-3917921455614934003</id><published>2012-01-08T01:57:00.002+09:00</published><updated>2012-01-08T02:19:06.323+09:00</updated><title type='text'>年末年始のインドア模様</title><content type='html'>年末実家に持って帰ったのが&lt;br /&gt;・Rubyの試験本&lt;br /&gt;・「ベッドルームで群論を」&lt;br /&gt;だった。そんで実家でGalaxyTabに「運命の人（山崎豊子）」をダウンロードした。&lt;br /&gt;東京に戻ってから又吉の「第２図書係補佐」、「ｚｓｈの本」を購入。&lt;br /&gt;休みの間に中国ドラマ「新・上海グランド」の続きが視聴できるようになってないか期待してたが解禁は1/19のようだ。&lt;br /&gt;また1/13に映画「Railsways(2)」が公開終了なため、それは見た。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Railways(1)は島根、今回は富山。１ではエリートビジネスマンが突然会社をやめて子供の頃の夢だった電車の運転手になるのに対し２は４８年間無事故無違反の運転手が定年退職する話。観客に若い人が全くいない。当然とも言えるし寂しいとも言えるが、やはり前作のほうが共感できる。でも富山鉄道から見える綺麗な景色がふんだんに使われていて映像としては楽しめた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第２図書係補佐は初めて買った又吉本。「カキフライがないなら来なかった」とか「まさかジープで来るとは」とか、内容が想像できなかったから敬遠していたが今回のは本の本なのであろうということで購入した。でも読んでみるといわゆる本の紹介本ではない。一応各章に（だいたいは最後のほうに）その章のタイトルになってる本がちょろっと紹介されてはいるが、紹介の前に書いてあるのは基本的に又吉自身の体験談である。その体験談と本がリンクしていて、そのつながり具合を楽しむのがこの本の醍醐味であるようだ。読み終わったらもう１周読んで、読んでみたい順に１０冊程度ピックアップしてみようと思う。しかし又吉、太宰のエピソードといいサッカーの話といい現役お笑い芸人であることといい、強烈なキャラクターではある。ツイッターをフォローしたが特に何もタイムラインに上がってこないのが残念だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第２～補佐は実家に帰る途中の尼崎で買ったんだったか。で実家では読まなかったのかもしれない。&lt;br /&gt;尼崎の本屋は小さい本屋なのだがいつもいい本との出会いがある気がする。レイアウトがいいのか品揃えのバランスがいいのか、いつも電車の発車時刻を気にして急ぎながら何か良さげな本はないかと見回しているのがいいのか分からないが。その点新大阪駅の本屋は全然だめだ、バリケードのように正面に立ちふさがっている棚しか眺めたことがないしそこにはしょうもない自己啓発本しかないイメージがある。あとは新宿サブナードの本屋も立ち寄りやすい、ビブリア古書堂の事件手帖(2)は確かそこで買ったのだ。本屋はでかければいいというわけじゃない、いい出会いを直感してウロウロできるのが自分に合った本屋だと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そういえば昔どっかの旅館で弟が（夕食の量があまりにも多かったために）「料理は量も味のうち」と言ってたことがあったが、それと似てる気がする。料理が多ければ残せばいいんだけども、そのコントロールを客にさせるのがフラストレーションになることもある。だいたい、全部食べられたほうが満足に決まってる。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-3917921455614934003?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/3917921455614934003/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3917921455614934003'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3917921455614934003'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/blog-post.html' title='年末年始のインドア模様'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' 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/&gt;var html = $("div.post-body").html().replace(/[^"&amp;gt;](http:\/\/[^\s&amp;lt;"]+)/g,"&amp;lt;a href=\"$1\" target=\"_blank\"&amp;gt;$1&amp;lt;/a&amp;gt;");&lt;br /&gt;$("div.post-body").html(html);&lt;br /&gt;});&lt;br /&gt;&amp;lt;/script&amp;gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;以下は全てCopyFixerを使って貼りつけたもの。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;知って得する21のRubyのトリビアな記法&lt;br /&gt;http://d.hatena.ne.jp/keyesberry/20110622/p1&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ruby 1.9の19のtips&lt;br /&gt;&lt;a href="http://memo.yomukaku.net/entries/229" target="_blank"&gt;http://memo.yomukaku.net/entries/229&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;CoffeeScript&lt;br /&gt;http://coffeescript.org/&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;CoffeeScriptはインストールしなくてもブラウザ上で実行できるよという話 - ariyasacca(2011-02-21)&lt;br /&gt;http://sangoukan.xrea.jp/cgi-bin/tDiary/?date=20110221&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Underscore.js&lt;br /&gt;http://documentcloud.github.com/underscore/&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Learn You a Haskell for Great Good! - Starting Out&lt;br /&gt;http://learnyouahaskell.com/starting-out&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-1834844876503147394?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/1834844876503147394/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/blogger.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/1834844876503147394'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/1834844876503147394'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/blogger.html' title='blogger記事内のURLを自動でリンク化する'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-3511847195795720422</id><published>2012-01-03T01:41:00.005+09:00</published><updated>2012-01-03T23:30:33.333+09:00</updated><title type='text'>Coffee Script など</title><content type='html'>javascriptを使っていて、文字列変数strがあるときに "＜p＞" + str + "＜/ｐ＞"と書かないといけないのは耐え難い、rubyのように"＜ｐ＞#{str}＜/ｐ＞"と書きたい、ヒアドキュメントも使いたいと思ったのが発端で CoffeeScript を調べ始めた。&lt;br /&gt;rails3.1で採用されているので名前は知ってたが、よそ者と思って軽視していた。いや実際、よそ者ではあるのだが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- CoffeeScriptとは：&lt;br /&gt;&lt;a href="http://goo.gl/KpOGU"&gt;今日から始めるCoffeeScript&lt;/a&gt; から抜粋。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・JavaScriptにコンパイルできる小さな言語&lt;br /&gt;・コンパイル後はJavaScriptとして動作するため実行速度面ではほぼ変わらない&lt;br /&gt;・構文がRubyやPythonライク&lt;br /&gt;・ブラウザ用の開発にもサーバサイドの開発にも使える&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;変数の文字列埋め込みとヒアドキュメントという当初の目的はズバリ達せられるほか、コンパイルが挟まるのはメリットがありそうだ。コンパイルによって生成されたjsはエラーがないだろうから。なんならWebサイトのjsは全てコーヒーで書いておき、コンパイル→ファイル結合→minify→キャッシュ制御用パラメータの更新をするデプロイの仕組みを用意するといい感じかも。このへんは動的システムであればフレームワークに吸収される流れっぽいが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コンパイルされたｊｓの実行には node.jsを使うようなので、用意したばかりのcolinuxにインストールしてやる。&lt;br /&gt;rubyで言うところの&lt;a href="http://goo.gl/KXYjK"&gt;ｒｖｍ&lt;/a&gt;のようなバージョン選択ツールがないか探してみたらあった。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://goo.gl/GbmqA"&gt;ｎａｖｅ&lt;/a&gt;というらしい。しかし何だかうまくインストールできない。&lt;br /&gt;バージョン選択をする切実性もないので普通にインストールすることに。&lt;br /&gt;node -v → v0.6.6&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ｒｖｍの話が出たのでrails3.1もインストールしておこう。あとでrails with coffeeの味を見るために。&lt;br /&gt;rvm install 1.9.3 とし、ここにrails3.1のgemsetを作る。&lt;br /&gt;rvm use 1.9.3 → rvm gemset create rails31 → gem list --remote rails（ふむふむ、このままインストールした場合のバージョンは3.1か）→ gem install rails&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※ruby1.9.3をインストールするときにunable to convert "\xC3" to UTF-8 in conversion from ASCII-8BIT to UTF-8みたいなエラーがでる（&lt;a href="http://goo.gl/ZF5sR"&gt;このへん参照&lt;/a&gt;）、rdoc関係みたいなのでどうせ不要ということであれば --no-ri --no-rdoc オプションをつけてインストールするとよい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、とりあえずサーバサイドｊｓに慣れるため node.js を使ってみよう。&lt;a href="http://goo.gl/reWGA"&gt;node.jsとMySQLで割と普通のデータベースウェブアプリを作ってみるチュートリアル&lt;/a&gt;を参考に進める。&lt;br /&gt;「express フレームワークを使う」のところまで何ら問題なし。ｅｊｓテンプレートのところ、app.use(express.bodyDecoder());&lt;br /&gt;とあるがここで初めてエラーが発生。&lt;a href="http://goo.gl/PmDVV"&gt;本家サイト&lt;/a&gt;を見ると正解はapp.use(express.bodyParser()); のようだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「MySQLとの連動」のソース、長いのでそのままでは動かないだろうなと思ってたが案の定いくつかエラーでた。&lt;br /&gt;以下、修正点。&lt;br /&gt;&lt;pre&gt;var sys = require('util'), // ← sysからutilに変更。追加モジュール必要なし&lt;br /&gt;    express = require('express'),&lt;br /&gt;    ejs = require('ejs'),&lt;br /&gt;    //Client = require('mysql').Client, // ←コメントアウト&lt;br /&gt;    base62 = require('./base62');&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;var client = require('mysql').createClient({user: 'xxx', password: 'xxx', host:'127.0.0.1'}); // ←追加&lt;br /&gt;client.query('use データベース名'); // ←追加&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;//mysql(function(client) { // ←２ヶ所あるこの記述をコメントアウト（もちろん、対応する閉じカッコも）&lt;br /&gt;※そのままだとエラーになり、client.connect は自動的に行われますよと言われる&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;if (err &amp;&amp; err.number != client.ERROR_DUP_ENTRY) { // ←Clientの先頭を小文字に変更&lt;br /&gt;&lt;/pre&gt;&lt;br /&gt;あと、Error: connect ECONNREFUSED と怒られたので my.cnf の skip-networking をコメントアウトした。&lt;br /&gt;これでとりあえず動く。次はちゃんとコーヒースクリプトを。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;参考サイト：&lt;br /&gt;&lt;a href="http://www.dbonline.jp/mysql/"&gt;http://www.dbonline.jp/mysql/&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://goo.gl/yfynN"&gt;node-inspector&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://goo.gl/CPAXl"&gt;node.jsでmysqlを使う&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://goo.gl/YHIOc"&gt;CoffeeScriptでNode.jsアプリを書いてみる&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://bit.ly/sb5Xnx"&gt;無料で見られるプログラミング書籍一覧&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://goo.gl/VchfP"&gt;Ruby 1.9 で Web アプリを想定したベンチマークをとってみた&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-3511847195795720422?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/3511847195795720422/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/coffee-script.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3511847195795720422'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3511847195795720422'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/coffee-script.html' title='Coffee Script など'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-520598555170185352</id><published>2012-01-02T10:56:00.006+09:00</published><updated>2012-01-03T00:32:40.143+09:00</updated><title type='text'>Arch linux on Colinux のインストールメモなど</title><content type='html'>新年あけましておめでとうございます。ブログのタイトルを、暑いから寒いにしてみました。&lt;br /&gt;今年はもうちょっと頑張って更新しよう。ということでまず実家（三田＠兵庫）に持ち込んだThinkPad（去年2万円で中古購入）にarch linuxをインストールした記録から。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- colinuxとは：&lt;br /&gt;　　&lt;a href="http://goo.gl/ShFBV"&gt;http://goo.gl/ShFBV&lt;/a&gt; とかにあるとおり、linuxのエミュレータ。昔はCygwinとかあったけど今はもうcolinuxでしょう。VMwareは設定が簡単だけど動作が重い、モバイルPCでは使えない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- colinuxのインストール：&lt;br /&gt;　　&lt;a href="http://goo.gl/pm30D"&gt;http://dqn.sakusakutto.jp/2011/07/colinux-manual.html&lt;/a&gt; このへんを見ながら本体と7zipをインストールする。c:\colinux にインストールしたと仮定。&lt;br /&gt;※バージョンは0.7.9（2011-04-09）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- OSのイメージファイルを取得する：&lt;br /&gt;　　&lt;a href="http://goo.gl/DTmE"&gt;http://goo.gl/DTmE&lt;/a&gt; このへんから好きなやつをDLする。今回は軽さ重視で、Arch Linux。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- Arch Linuxとは：&lt;br /&gt;　　&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/Arch_Linux"&gt;http://ja.wikipedia.org/wiki/Arch_Linux&lt;/a&gt; こんなやつ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- Arch Linuxのインストール：&lt;br /&gt;　　&lt;a href="http://goo.gl/N4ypF"&gt;http://goo.gl/N4ypF&lt;/a&gt; からArchLinux 2011.08.15（2011-11-27 modified）をDL、解凍、c:\colinuxに展開。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- まずはいじってみる：&lt;br /&gt;　　arch.cmd が起動バッチになっている。DOSプロンプトからこれを実行（arch.cmd arch）。&lt;br /&gt;ユーザーrootでログイン。ネットーワーク（wifi）も問題なくつながる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- rubyのインストール：&lt;br /&gt;　　とりあえず何かインストールしたい、ということで。&lt;a href="http://goo.gl/eznSs"&gt;http://goo.gl/eznSs&lt;/a&gt; を参考にpacman -Sy。&lt;br /&gt;あとはpacman -S rubyなどと。&lt;br /&gt;問題なく入る。ruby 1.9.3p0 (2011-10-30 revision 33570) [i686-linux]&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- ディスクの拡張：&lt;br /&gt;　　スワップ領域が少ない。ディスク領域もほとんどない、ので新しいイメージを用意する。&lt;br /&gt;colinux tips（&lt;a href="http://goo.gl/WgByo"&gt;http://goo.gl/WgByo&lt;/a&gt;）を参考に。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;プロンプトから以下を実行（c:\colinuxで作業）。&lt;br /&gt;fsutil file createnew swap.img 134217728&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;arch.cmdをエディタで開いて、13行目あたりの記述を修正する。&lt;br /&gt;set SW_ARCH=swap.img&lt;br /&gt;※これが・・・１００行目あたり、:_install　の項目にあるcolinux-daemon -t ntという起動コマンドのパラメータに渡っていく、ちょっと見てみよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- スワップ領域を有効にする&lt;br /&gt;　　まずcolinuxを終了させ、arch.cmd arch で再起動。mkswap /dev/hda2 としてフォーマット。&lt;br /&gt;swapon /dev/hda2 として無事スワップの使用が開始された（freeコマンドを叩いてみよう）。&lt;br /&gt;※再起動前に、下記にあるkeymap設定もしておくとよい。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://goo.gl/yiCLX"&gt;http://goo.gl/yiCLX&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://goo.gl/r8XFg"&gt;http://goo.gl/r8XFg&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- ディスクの拡張：&lt;br /&gt;　　スワップと同じ要領でデカいファイルを作る（下記は２G）。&lt;br /&gt;fsutil file createnew arch_fs.img 2146435072&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;colinux tipsの「colinuxのディスクがいっぱいになってしまった。拡張したい。」（&lt;a href="http://goo.gl/WgByo"&gt;http://goo.gl/WgByo&lt;/a&gt;）&lt;br /&gt;にある通り、colinuxの起動パラメータに hda3=arch_fs.img を追加して再起動。&lt;br /&gt;※arch.cmd 112行目あたり↓&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;colinux-daemon -t nt mem=%MEM% kernel=vmlinux initrd=initrd.gz hda1=%FS% hda2=%SW% hda3=arch_fs.img cofs1=c:\ root=/dev/hda1 eth0=slirp,,tcp:8022:22/tcp:3000:3000&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※ちなみにtcp:8022:22/tcp:3000:3000のとこは、windowsの8022ポートへのアクセスをcolinux（10.0.2.x？）の22へ、3000を3000へフォワードする意味。なのでsshdを立ち上げておけばputtyとかから127.0.0.1:8022へアクセスできるし、railsとかnode.jsのテストサーバを10.0.2.x:3000で立ち上げておけばhttp://localhost:3000/でつながる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;再起動後、フォーマット。/mntにマウント。cp -a でコピー。アンマウント。あとはこれをhda1として起動するだけ。&lt;br /&gt;※colinux tipsの記述とは少し違うコマンドになった。&lt;br /&gt;cp -a /bin /boot /dev /etc /home /srv /run /media /lib /opt /root /sbin /usr /var /mnt/&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;再びarch.cmd編集。６～８行目あたり。&lt;br /&gt;set FN_ARCH=arch_fs.img&lt;br /&gt;set FS_ARCH=arch_fs.img&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先ほど追加したhda3=arch_fs.imgをトル。これで準備完了、あとは再起動すれば拡張されている（df -hで確認しよう）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;- その他参考資料&lt;br /&gt;&lt;a href="http://dqn.sakusakutto.jp/2011/07/colinux-network-tap.html"&gt;ネットワーク設定&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-520598555170185352?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/520598555170185352/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/arch-linux-on-colinux.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/520598555170185352'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/520598555170185352'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2012/01/arch-linux-on-colinux.html' title='Arch linux on Colinux のインストールメモなど'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-2124663148244330545</id><published>2011-10-09T21:17:00.002+09:00</published><updated>2011-10-10T19:58:24.755+09:00</updated><title type='text'>素粒子の話</title><content type='html'>うちの編集者に素粒子のことを簡単に説明してくれと言われたので書いてみる。&lt;br /&gt;ほとんど忘れてるので調べながら・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯素粒子って？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;素粒子とは、言葉通り考えれば「それ以上分割できない粒子」のことである。&lt;br /&gt;もろい石を壁に投げつけると粉々になる。その中から１つの粒を取り出し、その粒と同じくらいの大きさの小人がやってきてまた壁に投げつける。するとまた粉々になり、さらに小さい小人がやってきて粒を拾いまた投げつける・・・この作業（＝分割！）を繰り返していくと、いつか硬〜い粒がでてくる。どんなに力自慢の小人でも割ることのできない粒を素粒子という。素粒子ほど硬くないやつは単に粒子というが、石ぐらいもろいと粒子とは言わない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば二酸化炭素の化学式はＣＯ２。Ｃ（炭素）１つとＯ（酸素）２つから構成される。&lt;br /&gt;このＣは人体にもたくさん含まれている粒子（素粒子よりはだいぶ大きい！）で、体重70kgの人の場合16kgくらいの炭素があると言われている。16kgの炭素というと、粒子の数にすると１兆の１兆倍以上。だからもし人間を、素粒子ばかりになるまで粉々にしようと思ったら、それ以上の小人投手を登板させないといけない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、素粒子はそれくらい小さいものなので想像しにくいかもしれないが、実はいくつか種類がある。&lt;br /&gt;ＣとかＯだって十分小さいが、ご覧のように違う名前がつけられている。個性（役割、特徴）が違うからだ。Ｈ２Ｏをたくさん集めると水として、ＣＯ２をたくさん集めると二酸化炭素として人間の生活に役立つ。この２つはＨ（水素）とＣの違いしかないのに、見た感じや役立ち方がまるで違う。素粒子も同じで、個性が違う子が何人かいる。それを見ていこう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯素粒子は大きく分けて２種類！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一番身近な素粒子は電子と光子、そして最近有名になったニュートリノだろう。電子とニュートリノは「フェルミ粒子」と呼ばれる仲間で、光子はウィークボソンなどと共に「ボーズ粒子」と呼ばれる仲間である。身近にある"モノ"はだいたいフェルミの仲間と思ってよく、見えない力を伝えるのがボーズの仲間と思うのがいい。例えばレントゲンに使うＸ線とかセンサーに使う赤外線とか目に見える光はぜんぶ光子であって、どうみてもモノっぽくはない。電子もモノっぽくないかもしれないが、電子機器はもちろん人体の中にも電子はたくさんあるのでれっきとしたモノである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ニュートリノはモノっぽくなく、れっきとしたモノでもないのに電子の仲間という変わり種である。なんで電子の仲間に分類してるのかというと話せば長くなるので省略するが、ひとつ言えるのは「ニュートリノは力を伝えない」ということである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯力、それはメッセージの解釈&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私たちが平和に暮らせるのは、粒子だけでなく色々な力のおかげだ。例えば地球と人体の間には万有引力が働く。これは念力のような超能力でなく、ちゃんと「重力子」という素粒子が力を伝えている。言ってみれば、ボーズ粒子は「手紙」なのだ。地球と人体は「私こういうものですが、ご都合よろしければ引き合いましょう」という手紙を絶えず交換しつづけている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私たちが書く手紙は恋文からビジネスレターまで千差万別であるが、素粒子のように小さいこの手紙の内容は４種類しかない。重力、電磁気力、核力、それと「弱い力」。内容はそれぞれ、「重力で引き合いましょう」「電気の力で引きあうか、もしくは遠ざかりましょう」「電気のことは気にせずくっつきましょう」「くっついてるところ恐縮ですが、別れましょう」である。つまらない手紙しかないようだが、小さい粒子も大きいモノも、手紙を読まないと大変なことになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;重力（万有引力）がなければ私たちは宇宙空間に放り出されてしまう。また前述のように人体には多くの炭素が含まれるが、炭素は大雑把にいうと陽子が６個集まったものである（※１）。陽子はプラスの電気を持っているので、普通ならプラスが一箇所に集まると反発してバラバラになってしまうものだが（※２）、炭素は炭素として平和に暮らしている。これは陽子と陽子の間に「核力」と言われる一種の引力が働いているためである。「電気のことは気にせずくっつきましょう」と書いてあるこの手紙はグルーオンと呼ばれる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※１　陽子がギュッと集まっている近辺には中性子という粒子がいて、このギュッとした集まりを原子核という。この集まりから随分と離れたところに６個の電子が飛んでいる。離れている距離がすなわち、炭素原子の大きさである。&lt;br /&gt;※２　磁石のＳとＳ（あるいはＮとＮ）を近づけるのが難しいのと似ている&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※　素粒子というとすぐ「量子」や「場」の概念が登場するが、一般向けの解説では不要と思っている。適切な比喩があると思えない。せいぜい「波」までだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯手紙に対する興味&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;粒子はその種類によって力の感じ方が違う。例えばバスケットボールは電気を持っていないので、電子くんから「光子という手紙」が送られてきても無視する。しかし地球さんから届く「重力子という手紙」には興味があり、中身を読むのである。すると「引きあいましょう」と書かれているので引きあう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＜めんどくさいので手紙に名前をつけることにしよう。光子は電気メール、重力子は重力メール、グルーオンは核メール、ウィークボソンは別れメール＞&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方電子くんは重力メールを読むものの、電気メールのほうが好きである。だから地球さんに「重力で引き合いましょう」と言われても大してやる気がおきず、ほぼ動かない。しかし陽子さんに「電気の力で引きあいましょう」と言われたら俄然うごく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯我が道をいくニュートリノ氏&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ニュートリノさんはとても軽いフェルミ粒子で、電気メールも核メールも読まない。重力メールもほぼ読まない。メールを読まないということは、書かないということでもある。彼が人体に向かって飛んでくるとき、（人体を構成している無数の粒子は）誰も彼に止まれとか言わないし、彼のほうも人体（を構成する粒子のいずれか）に対して動けと言うことがない。だから無害であり、体を突き抜ける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※中性子爆弾は、中性子が電気メールを読まず核メールを読むという性質を利用している。中性子が人体に入ると「中性子放射化」という現象が起こる。興味ある人はググってみよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;我が道をいく人に興味がわくのは人間の性である。小柴昌俊さんがノーベル賞を受賞した理由は「天体物理学、特に宇宙ニュートリノの検出へのパイオニア的貢献」とされている。検出とは、筆不精のニュートリノさんと手紙のやりとりをすることに他ならない（＊３）。そのための装置がカミオカンデであり、スーパーカミオカンデであった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;2011年9月23日、ニュートリノをジュネーブのCERNから約730km離れたグラン・サッソのイタリア国立物理学研究所研究施設に飛ばしたところ、2.43ミリ秒後に到着し、光速より速いことが計測された（wikipediaより）。ただしこれはニュートリノそのものに対する興味ではなく、相対性理論に対する興味によって話題になっている。こういうニュースが出た時は、アンテナだけはっておいて（ニュースが出る前に持っていた）マイブームに立ち戻ることが重要と思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回はとりあえずこのへんで。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;＊３　この手紙はニュートリノさんに返ることはない。ニュートリノと水分子の衝突が「チェレンコフ光」という電気メールを誘発し、検出装置はそれを受け取る。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-2124663148244330545?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/2124663148244330545/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/10/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/2124663148244330545'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/2124663148244330545'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/10/blog-post.html' title='素粒子の話'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-6159417124925495980</id><published>2011-09-25T01:51:00.000+09:00</published><updated>2011-09-25T01:51:40.995+09:00</updated><title type='text'>非現実の楽しさ</title><content type='html'>社会人になってゲームをする時間がめっきり減ったけど、ゲームして何になるって思うようになったら寂しいよなと思う。&lt;br /&gt;どんな非現実的なことに価値を見出すにしてもそれは現実的な身体に立脚するわけだから現実をケアしないわけにいかないが、例えばお互いよく知ってる小説の細かい内容について（はたから見ればマニアックな）話をしている時の楽しさを想像してみよう。その楽しさには明らかに、共有の楽しさ以外に非現実の楽しさが含まれる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分の考え方に明快なオリジナリティを求める限り、非現実に思いを馳せない手はない。オリジナリティという言葉だと控えめ過ぎるかもしれない、はっきり言えば精神的自由のことだ。我々はたまたまこの時代に生まれた。このあたりを支配する物理法則や文化的背景や育ってきた家庭環境が、一人一人の考え方を強く制限づける。もし生きるためにどうすればいいかだけ考えようとすれば、もともと似たような制限を受けている我々の考え方はさらに似通ったものになる。だからコミュニケーションが可能なのだとも言えるし、だから大して自由なんかないのだとも言える。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自由はオリジナリティに関係がある。なんでかというと、自由に考えた２人が同じことを思い浮かべる可能性は低いから。また自由は非現実に関係がある。現実はただ１つしかないので、自由に考えた世界が現実に帰着する可能性は低いから。なのでオリジナリティは非現実と関係がある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自由を求めて非現実な世界に入る人の多くは、その世界の出来事について誰かと話をしたいという矛盾したことを考えている。その世界が日常的な感覚から乖離した自由な世界であればあるほど、日常会話は使えなくなるというのに。囲碁では石が呼吸する、陣をとる、死ぬ、生きるなどの日常会話もどきが出てくるが、これは非現実世界で現実的な言葉を使ったコミュニケーションをしたいという要求に「比喩」を使って答えた一つの例である。いやこの言い方は正しくなくて、そもそも囲碁というゲームの原型を作るときにその作者が自由すぎる発想をしなかったから比喩が使いやすい世界になったのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;物理学が一般的に理解しにくい理由はこの逆だ。話を簡単にするために神様を登場させるが、神様はこの世界（を構成する物理法則）を作るときに自由すぎる発想をしたから比喩が効かないのだ。いやひょっとしたら神様は前に似たような世界を作ったことがあって、神様にとってはその世界の言葉でこの世界のルールを喩えることができるのかもしれないが。それにしたってその比喩は、（神様が一人である限り）誰かとコミュニケーションするために利用することはできない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;我々はある意味で、自由を求めて孤独な神様になりたい。よくできた、オリジナリティある世界を作りたい。でも一方でその世界に誰かを連れていきたい、もしくは誰かが作った共感できる世界に連れて行ってもらいたい。しかも２人では寂しい、なるべくたくさん。とはいえ多ければ多いほどいいわけでもない。一体何がしたいのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;コミュニケーションをするとそもそも何が満足なのか考えてみたい。この場合のコミュニケーションは生活のために必須なものではないので、それが満たされないからといって現実的に困ることはないはずだ。単に基本的欲求が非現実世界でも顔を出すだけなら、それは比喩と同様に「自由すぎる世界を理解するための」便利な道具に過ぎない。でも、ひょっとしたらそうなのか。人間は後天的に世界のことを理解する。狼に育てられた少女の話じゃないが、コミュニケーションの相手が変われば世界に対する理解も変わるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;懐中電灯がないと見えない洞窟があり、光の種類によって浮かび上がってくる像がまるで違って見えるなら、洞窟のあり方は懐中電灯がなければ規定することができない。繰り返しになるが、お互いよく知ってる小説の細かい内容について話をしている時の楽しさには非現実の楽しさが含まれる。非現実の楽しさについて考えてしまうのは、現代には洞窟らしきものがなくなってしまったからかもしれない。現実が誰も知らない洞窟だらけなら、そこへ懐中電灯を連れて探検にいけばいいだけだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自由って要は探検ができる、その地のことが分かる、そこで暮らせるってことじゃないのか。だとしたら我々は別に、矛盾する欲求を持っていたわけじゃなさそうだ。洞窟の探検なら適度な本数の懐中電灯が必要なのは当たり前のことで、現代に洞窟がないからといって完全な自由を求めるのは一種の過激思想ではないかと思う。我々はある意味で、自由を求めて孤独な神様になりたい。その「ある意味」をちゃんと加味すると、きっと自由は薄まって探検になる。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-6159417124925495980?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/6159417124925495980/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/09/blog-post_25.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6159417124925495980'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6159417124925495980'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/09/blog-post_25.html' title='非現実の楽しさ'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-3647949380920352120</id><published>2011-09-19T21:26:00.000+09:00</published><updated>2011-09-19T21:26:26.213+09:00</updated><title type='text'>ゲーム、哲学、エンジニアリング、創作、ビジネス</title><content type='html'>&lt;a href="http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2011/09/06/11027"&gt;アトリビューションがインターネット広告業界に革命をおこす&lt;/a&gt; を読んで、ビジネスの楽しみって何なのかということをふと思った。僕はゲームを楽しむ人であり、哲学的な問題を自分に関係ないこととは全く思わず、エンジニアたちが何故エンジニアリングに夢中になるのかある程度気持ちが分かり、創作の楽しみに共感する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;自分自身、ネット広告を主なビジネスモデルとするウェブメディアを受け持つシステムエンジニアとして、上の対談で言われているような先端技術に興味がないではない。ただ、技術に対する興味とネット広告に関する語彙があってもあんな話はしない。ビジネスをする人たちには彼らなりの「核」となる欲求がある。僕にはそれが（あまり）ない。それでも、社会で起きている現象を適当に拾ってきて「なぜそれが起きるのか」説明しようとすれば、とりあえずそういう欲求を持った彼らが存在するとして、その場合に彼らがどんなことを考えどんなコミュニケーションを取っていくか理解する必要がある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかしどうも、彼らの欲求は一様ではないようだ。ビジネスは金儲けのためにやるんじゃない、事業存続・拡大やサービスレベルの維持・向上のために金儲けは必要だがそれはあくまで副産物的なものだという立場もあれば、金を儲けたり社会的ステータスを狙って何が悪い、事業のほうこそ「たまたま」選ばれたものに過ぎないという立場もある。仮に対談の２人が正反対の立場だとしても、彼らの会話はあのように噛み合った形で進行してしまっただろう。そこが不気味だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;特定のゲームを行う二人は、彼らが熱心なファンであるなら、同じルールの上でどのような自由が可能であるのか、ゲームを通して対話を行うという共通認識があるだろう。単に勝ち負けにだけ興味があるなら「その特定のゲームの」ファンであることはありえない。&lt;br /&gt;哲学的な議論をする２人については、立場が違えばケンカになるだけだ。金儲けが原因か結果か気にしないで、とにかく共通の通過点でのみ一時結託するというビジネス的妥協性はない。ケンカののち議論が収束する場合は一部ではなくほぼ全ての認識が合致する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;エンジニアが２人いたら、彼らの専門分野が関連しあっていてもそうでなくても、エンジニアリングという意義において共感しお互いにリスペクトを得るだろう。一方ビジネス的妥協性を持って話す２人の間に&lt;br /&gt;そういうものがあるとは考えにくい。&lt;br /&gt;クリエイター（というか、自分の価値観を大切にする人々）が２人いたら、もちろん妥協性はない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし不思議なのは、僕自身が妥協のかたまりのような発言をよくするにもかかわらず、ビジネス的妥協性について不気味な感じを覚える点である。例えば誰かの意見を覆そうとするとき、それを文章化して「あなたの主張はこういうことですね？」と確認しておいてそこから三段論法的に意見をスライドさせ、導かれた意見が何らかの矛盾もしくは当人の不利益をはらむことを示すような対話をする。これはもう完全に言葉上の一時的な操作であって、自分の根本的理念と整合性があるかは特に考えていない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それでも僕は２つの理由でその対話をする。１つには、誰かの意見を覆さなければいけない個人的理由があるからで、もう１つは「少なくとも問題になっている狭い範囲において間違ったことは言っておらず、もっと広い文脈の中で不整合が見つかったならそれはそれで進歩と呼べる」と考えるからである。&lt;br /&gt;そして前者は、一時的に理念を無視して論理と結託するという意味でビジネス的妥協と似たパターンが認められる。これを論理的妥協と呼ぶことにしよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ディベートは論理的妥協の１つの実践例である。現実的問題は様々な立場が入り組んでいて、対立する２つの主張があるとすれば一番正しそうに見えるのは中間の意見であることが多い。しかしながら、中間意見１を持った人とそれとは少し異なる中間意見２を持った人との議論は立場の差異が明確でないためにスムーズに進行しない。そのためディベートでは論陣をスッパリ２つに分け、いわば双方に「正しそうにない」ことを言わせるのである。考えるべき論点を出し尽くしたら論陣は解散してもよい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;論理的妥協の結託相手は論理なのに対して、ビジネス的妥協のそれはビジネスパートナーであった。そして論理的妥協は答えを導き出すためのプロセスである。ではビジネス的妥協にはどんなゴールがあるのか？お互いの成功？いや、全てのビジネスマンの共通部分だけ取り出せば、相手の成功はゴールに入らないだろう。つまり自分だけの成功。だからビジネスにおいては信頼なんてものが重要とされる。相手の成功もゴールなのであれば、そんなものなくても安心できそうなもんだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ビジネス的妥協を両者がともに行うことは、私は図々しいけど貴方も図々しいのだからお互い様でしょうという、何となく品のないイメージを与える。そこへいくと結託相手が論理であることは、恐らくある種の人間を安心させるのだろう。何しろ論理は傷つかないから。ただし、論理的妥協が許せない人だってもちろんいて、僕はその気持ちは分からない。世の中いろんな人種がいるようだ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-3647949380920352120?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/3647949380920352120/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/09/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3647949380920352120'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3647949380920352120'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/09/blog-post.html' title='ゲーム、哲学、エンジニアリング、創作、ビジネス'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image 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撃墜予告 テヘラン発　最終フライトに急げ&lt;br /&gt;- 首都高速　東京五輪への空中作戦&lt;br /&gt;- 悲劇のルワンダ　希望の義足（読み中）&lt;br /&gt;- １００万座席への苦闘　〜みどりの窓口・世界初　鉄道システム&lt;br /&gt;- ロータリー４７士の闘い　〜夢のエンジン誕生からルマン制覇まで&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こういうのを見ていると、戦後どうして日本が急速な経済復興を遂げたのかよく分かる。１つにはそれが「復興」だったこと、もう１つは単にみんながそれぞれの持ち場でよく頑張ったこと。&lt;br /&gt;後者から補足しよう。プロジェクトXという名前の通り、これらはどれもプロジェクトと呼ぶことができる。そこには数人のキーマンがいて、彼らの技術と熱意が、その行動に人を呼び寄せ次第にプロジェクトと呼べる体裁と規模を整えていく。キーマンはもともと才能と技術を持っていることもしばしばあるが、悲劇のルワンダに出てくる元法律事務所のOLのように、プロジェクト遂行に必要な知識を全くのゼロから積み上げた人もいる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここで前者の「復興」がキーワードになってくる。全くのゼロから積み上げるといっても、彼女は義肢を作る名人のところに弟子入りをしている。「１００万座席への苦闘」の中でJR通信課の人達がゼロからプログラミングを日立の人達に学んだことだって、技術が誰かの中に存在していたからできたことだ。たとえば世界中の人から一旦すべての知識と文明を取り上げ、彼らにドサッと専門書籍だけ渡して「はい、じゃあ今から復興してください」と神様が言ったらどうなるか。きっと日本の復興とは全く違ったものになるだろう。日本の復興が急速だったのは、知識の使い方と教え方を知っている人がいたからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※&lt;br /&gt;当然ながらマネーも重要で、資金繰りに奔走するのも資金の提供者がいるからできることなんだけども、プロジェクトの意義とそれがうまくいくビジョンを説明すれば投資主体は金を出すんだから、やっぱり基本は人のようだ。形式知を重視する人にとっては、人財なしに形式知が意味をなさないことは残念かもしれないし僕もある程度それに同意する。そう思う人は、狭義の形式知を読み出す側をセットにして大きい形式知を考えたほうがいいかもしれない。形式知に力がないんじゃなく、まだ発展途上なのだと考えれば希望が湧くと思う。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-8449235770247616414?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/8449235770247616414/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/07/x.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/8449235770247616414'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/8449235770247616414'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/07/x.html' title='電子書籍でプロジェクトXを読もう'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-2723432295656344798</id><published>2011-07-23T21:53:00.001+09:00</published><updated>2011-07-23T21:59:25.963+09:00</updated><title type='text'>新井薬師盆踊り</title><content type='html'>今日は新井薬師盆踊りに一人でぷらぷら出かけたものの人口密度が高すぎてすぐ撤退することになったが、さらにぷらぷら歩いていたらいい感じの本屋を発見して２８０円で２冊購入した。&lt;br /&gt;「ズラータの日記」と「ドキュメント　戦争広告代理店」。&lt;br /&gt;自転車を使わず歩くとこういういいことがあるのかと思った。&lt;br /&gt;自転車にのってると店を見逃しやすいし、もし見つけてもいちいち止まるの面倒だもんね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;昨日は「３月のライオン」６巻の発売日だったので早速買ったらそのあと弟から「３月のライオン買ったから買うな」というメールがきた。もう遅いよという返信はしなかった。&lt;br /&gt;内容は　うーん　じいちゃんの「ひな・・・よくやった！！」がカッコよかったというのがまず第一。&lt;br /&gt;そして相変わらず先崎学のコラムは（少なくとも１回目は）読み飛ばしてしまう・・・&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あとはまぁ　ひなの担任みたいな駄目先生に遭遇したとき「あぁこの人は駄目な人なのか」と思えればひなみたいに鼻血出さなくて済むんだけど、小さい頃はそういう客観的判断はなかなか難しいので真正面から相手してしまって泥沼になるんだろう。話は、それが通じる人で、かつ問題となってる現実に影響を与えられる立場にいる人にする必要がある・・・ただ面倒なのは、桐山の元担当教師が言うように別の先生に話をすると駄目先生も色々防御線をはると思われること。なかなか、いかに駄目な人とはいえ１人の大人がはる防御線を崩すのは、周りの駄目じゃない人々にとっても大変なことだろう。何しろモンスターというのは恐れを知らないので結構交渉ごとに強かったりするから。そうだとすれば、監査的役割の先生がいないことか、あるいは担当の先生が１人しかいないことが学校体制の弱点なんじゃなかろうか。&lt;br /&gt;などと思ったりした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;また村山聖のエピソードを知っている身としては２番煎じではあるものの、二階堂の「将棋でまで弱い人間扱いされたら、もう僕はどこで生きていったらいいんですか」&lt;br /&gt;と、「カッコつけんな桐山！」にはウルっとさせられる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後者は「本当に勝ちたいんなら、粘れ！」と続くが、この言葉の意味をちゃんと理解するには補足が必要だろう。つまり、将棋を芸術のように　あるいは自分の勝負哲学の表現のように　あるいは学問的探求のように考えたりすることは勝手だが、とにかくその局面で勝つために「粘る」といった学問的でも芸術的でもないことまで平等な選択肢として考えなければ読みの視野が狭くなってしまうということだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;あるいは逆に粘ることがモットーの人がいたとすれば、常にその勝負哲学に従うことが勝利につながるわけではない。羽生みたいな抜きん出て強い人が他の棋士と比べて脱個性的なのは、１つには上述した意味での視野を目一杯広げた結果だと思われる。そして結局、狭い道一本からなる勝負哲学の実戦は傍目にカッコイイが、視野を広く持って数多くの思考パターンを経験した人の蓄積に負けてしまい、いつのまにか将棋を学問する基礎力の点でも差をつけられることになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;カッコつけんな桐山！というのはある意味で、カッコイイことをするためには準備が必要だよ、おまえにはまだその準備が足りてないよと言ってるのと似ているように思う。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-2723432295656344798?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/2723432295656344798/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/07/blog-post_23.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/2723432295656344798'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/2723432295656344798'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/07/blog-post_23.html' title='新井薬師盆踊り'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-3838599371379268686</id><published>2011-07-18T23:25:00.001+09:00</published><updated>2011-07-18T23:31:25.534+09:00</updated><title type='text'>分かりやすく伝えること</title><content type='html'>大雑把にいうと世の中には２種類の人がいる。どんな難しいことでも分かりやすく伝えられると思っている人と、とても難しいことは分かりやすく伝えられないと思っている人。ちょっとそれぞれの主張を書きくだしてみよう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前者の典型としては、例えば数学の教授に「あなたの説明は私には分からない、もっと分かりやすく説明するべきだ」とイチャモンをつける学生が考えられる。世間一般でいうところの「分かりやすい説明」とは、細かいことはどうでもいいから概要をかいつまんでするようなものを指すことが多い。しかし数学の授業で細かいことが伝えられなければ、大学の授業として価値はないだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そのように思っている教授がいるとすれば、それが後者の典型だ。分かりやすい説明と正確な説明は両立しない。だから、正確な説明が求められる場面で（誰にでも）分かりやすい説明は不可能なのだと。もちろん、正確な説明をする教授が２人いてそのどちらかのほうがもう一方よりずっと分かりやすい説明をすることはある。でもそれはあくまで、ある程度分かっている人にとって分かりやすいだけのことで、誰にでも分かりやすいなんてことはない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて本稿では、前者も後者も「相手に歩み寄らない」という点で閉鎖的であると主張する。分かりやすい説明をさせることは、相手にかなりの精神的負担をかける。説明を受ける人間が前提知識を持っていればその負担を軽減できるのだから、説明する側にだけ分かりやすさを求めるのは怠惰で横柄な態度といえる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方で、どんなに難しい内容でも、正確さを犠牲にして概要を伝えることが有効な場面はあるように思う。例えば先の数学の授業でいえば、これから取りかかる章を理解するとどんな応用につながるのか、これまで学んできたどんな知識が活かされるのか、そもそも歴史上の先人たちはどんな問題意識でもってこの章で言われている内容を創り上げたのかなどを説明することは可能であり、学生に勉強する意欲を与えるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;説明を求められた時、常に求められた（と思う）まさにその内容について説明しようとするのはバカ正直すぎる。相手が前提知識なしに、前提知識が必要となる内容を聞いてきたのなら、内容の周辺や関連事項を話してあげるとよい（場合によっては前提知識の齟齬を指摘すべきかもしれないが）。特に自然科学を志す人間はものごとをうまく説明できてなんぼという強迫観念があるので、説明しろといわれれば正確に説明しないと気が済まない人が多い気がするのだが、イマココにあって有効に働くのはその説明だけではないしそれどころか全く関係ないことかもしれない。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-3838599371379268686?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/3838599371379268686/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/07/blog-post_18.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3838599371379268686'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3838599371379268686'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/07/blog-post_18.html' title='分かりやすく伝えること'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-6859874499776333776</id><published>2011-07-04T00:25:00.001+09:00</published><updated>2011-07-04T00:29:29.253+09:00</updated><title type='text'>引っ越してからのこと（２）</title><content type='html'>東京に出てくると同時に買ったタワー型のPCがついにお亡くなりになった。&lt;br /&gt;電源ボタンを押しても何も起きない。&lt;br /&gt;もうほとんどの用はmacbookで済んでいるので大した痛手ではないのだが7.1chサラウンド出力ができるサウンドボードが役立たずになってしまった。今まで映画のDVDを再生する時なんかはPC経由でサラウンドをエミュレーションしていたが今日電脳コイル２、３を見るにあたりmacbookで再生してみるとやはり迫力はだいぶしょぼい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;数カ月前、念の為に買っておいた&lt;a href="http://goo.gl/hvyjn"&gt;iPadコネクションキット&lt;/a&gt;のことを思い出し、macで映画を再生してそれを&lt;a href="http://goo.gl/TSya7"&gt;streamToMeとserveToMe&lt;/a&gt;を使ってiPadに飛ばし、コネクションキット＋コンポジットケーブルでテレビに映す方法を試すことにした。しかしどうも、mac上の動画ファイルを再生するならこれでいいが、DVD再生をダイレクトで飛ばす方法がよく分からない。でもまぁ、iPadで再生中のyoutubeをテレビに出力できたので収穫はあった。&lt;br /&gt;※iPadをAirPlayレシーバにする方法はあるのかな？&lt;br /&gt;※持ってるもの大事にプロジェクトの最中なのでmacをテレビにつなぐケーブルを買うのはナシ&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それはいいとして今日は前回の続きで映画の感想を。&lt;br /&gt;映画って、感想を書くのが難しいと思う。本は文字ばっか書いてあるので感想を言うときには登場する文章を語彙として使えるが、映画はセリフやストーリーだけでなく映像が大きなウエイトをしめるのでそれを文章化するのに苦労するし、必ずしも展開のスピードに自分の理解スピードが追いつかない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えばアンダルシアを見ていてよく分からないところがあってしばらく考えてみるもののやっぱりよく分からないのできっと現段階では材料が足りないのだろうと思って考えるのをやめるが、感想の取っ掛かりは実はその考えの中にあることが多い。しかし取っ掛かりになりうる複数のそうした考えはことごとく途中でキャンセルされている（映画の最中にメモをとるわけにもいかないし！）ので、映画が終わった後に残るのは体験がらみではなく結論がらみのものばかりになってしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とはいえそのことが分かっていれば、体験がらみのものはなかったかと疑うことは出来る。この映画を楽しむポイントは、女神の報復という副題を忘れることだ。実際、他人に心を開くことなんか滅多にない黒田康作が新藤結花（黒木メイサ）の境遇に（少なくとも見かけ上は）同情して必死に守ってあげようとする様を見ている時には多くの人が副題を忘れただろう。間違いなく最大の見所の１つと思う。それだけにこの後の展開は相当せつない。前作アマルフィでは（純粋なハッピーエンドではないものの）一件落着！という気持ちになって終わったが、今回のはとても一件落着しない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さっきカッコで（少なくとも見かけ上は）と書いたが、本当に同情が見かけ上のものだったとしたら人間不信の黒田康作に同情せずにはいられないし、逆にそうでなかったとしても同情せずにいられない。前者の仮定から結果を見ればやっぱり黒田は優秀ですごい！ということになるのだが、ちょっと人間味に欠けすぎている。なので個人的には後者の仮定で、人間的なミスにより一旦不利な状況になったものの鬼のような精神力で素早くリカバーした、と考えることにしたい。どっちが作意であるかは別にどうでもいいことだが、いずれにせよ同情せずにいられないのだから切ない作品であることにかわりはない。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-6859874499776333776?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/6859874499776333776/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/07/blog-post_04.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6859874499776333776'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6859874499776333776'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/07/blog-post_04.html' title='引っ越してからのこと（２）'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-5138450244051449567</id><published>2011-07-03T00:42:00.000+09:00</published><updated>2011-07-03T00:42:53.350+09:00</updated><title type='text'>引越してからのこと</title><content type='html'>４月に中野に引っ越してからもう３ヶ月たつ。&lt;br /&gt;区が変わることによって引越し前に契約していたCATVの解約を余儀なくされたため、&lt;br /&gt;この際しばらくの間すべての情報受信・発信を絶ってみようと思い&lt;br /&gt;新聞を斜め読みするほかはツイッターさえほとんど見なかった。&lt;br /&gt;先週やっと光テレビのチューナーが届き、ルーターにつないだら「あなたのルーターはIPｖ６に対応してません」ということで使えず、しょうがないからフレッツ光のターミナルを今日買ってきたハブ経由でチューナーとルーターにつないだ。ハブはIP層とは関係ないからIPｖ６に対応とか非対応とか関係ないのだ。それにしても出費がかさむ。&lt;br /&gt;まぁそんなわけで、情報断ちは終了します。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;情報断ちの間何をしてたのかというと本を読んだりNHKオンデマンドをみたりmongodbをいじったり。&lt;br /&gt;ちょっと列挙してみよう。ひとつ注意しておくと、情報断ちは知識断ちではない。&lt;br /&gt;本：&lt;br /&gt;　格差社会論はウソである 増田悦佐&lt;br /&gt;　デイヴィドソン「言語なんて存在するのだろうか」森本浩一&lt;br /&gt;　humanities法学　中山竜一&lt;br /&gt;　スカイ・クロラ　森 博嗣&lt;br /&gt;　CODA入門　鶴田展之&lt;br /&gt;　Ruby技術者認定試験公式ガイド&lt;br /&gt;電子書籍：&lt;br /&gt;　歌うクジラ　村上龍&lt;br /&gt;　宇宙ロマンすばる　プロジェクトX制作班&lt;br /&gt;　震度０　横山秀夫&lt;br /&gt;　大地の子１〜４　山崎豊子&lt;br /&gt;　星守る犬　村上たかし&lt;br /&gt;Wii：&lt;br /&gt;　影の塔&lt;br /&gt;DVD・映画・NHKオンデマンド：&lt;br /&gt;　スラムドッグ・ミリオネア&lt;br /&gt;　チェンジリング&lt;br /&gt;　孤高のメス&lt;br /&gt;　ALWAYS 三丁目の夕日&lt;br /&gt;　ハゲタカ（ドラマ全部）&lt;br /&gt;　南極料理人&lt;br /&gt;　電脳コイル（１だけ）&lt;br /&gt;　アンダルシア女神の報復（今日みてきた）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;軽く感想を述べてみる。まず「格差社会論はウソである」は資料の参照量がものすごく、日本の良さに対する素直な分析に好感が持てる。デイヴィドソンは何となくどんな人なのか知りたくて買った。副題が「言語なんて存在するのだろうか」となっている通り、彼は「我々が、共通の意味を持った言語を話す主体であるからコミュニケーションは成立するのではない」と主張しているようで、ある意味当たり前のように思う。言語が存在しないというのは、共通の意味を持った言語なんて存在しないという意味だ。意味は、それが相手に通じたと分かったときに見いだせるものであって、口にしたその言語が初めから意味を持っているのではない。なぜなら、持っているなら解釈する必要がないから。話す人によって、またそれを受け取る人によって様々な解釈の可能性があるのは、言葉が初めから特定の意味を持っていないことの証拠であると。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;humanities法学は法哲学の本。◯◯って何だと思って本を読もうと思ったらまず◯◯史を知ることから始めるとよい、と個人的に思っている。◯◯には法律、数学、いろんなものが入る。印象に残っているのは、正義という言葉には２つの意味があるということ。法律の分野でいうところの正義は、一般的に言われるところの正義ほど曖昧な言葉ではないようだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;スカイ・クロラは映画を寝ながら見たことがあった。初めのほうは、なーんか適当に書いているなと思って読んでいたが進むうちにキルドレと彼らが置かれた世界背景に感情移入していくのを覚えた。空中戦も、映画で見るよりむしろ文章のほうが凄みがある。知らない言葉を調べたくなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;CODA入門は、なんかMacのいい開発用エディタないかなと思って高田馬場の本屋をぶらついて発見した。作者は仕事でお世話になってる人だったし、textmateの本がないのも手伝ってこれに決めた。&lt;br /&gt;マイコミジャーナルの読者がどれくらい各記事をスクロールしているか解析するプログラムをRails3とmongodbの組み合わせで作成するのに使っている。色分けやメソッド補完などの基本機能に加えてターミナル・subversion・sftpを１ウィンドウで使うことができ非常に軽量。もう少し安いといい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ruby技術者認定試験公式ガイドは、引越しをキッカケに始めた「持ってるものを最大限利用しようプロジェクト」という個人的プロジェクトの一環で購入。なんというか、引越しで金がどんどん出て行くとそれが定常状態のような錯覚に陥り、スマートフォンとか使えるものまで買い換えたくなるので例えばソフトバンクとの契約を解約したiPhoneだってアプリ開発や音楽・ポッドキャストを聞くのに役立てよう。ということから始まり、「持ってるもの」は形あるものだけとは限らんよなということでrubyにまで拡張された。会社で、２ヶ月とか３ヶ月で何かしら技術を磨くのを各自宣言するための合宿といううざい企画があるのだがそれにはこの個人的プロジェクトを適用して終りだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;電子書籍のほうはなんせ大地の子が大作なのでこれだけ感想をいう。&lt;br /&gt;bookストア2Dfactoで買った本をギャラクシータブで読んでみたいと思って軽く１つ買ってみたら見事にハマってしまい時間を惜しんで一気に読みきった。３巻セットと思っていたら４巻セットであり、本だと１つ１つ厚みがあって尻込みするが電子書籍だと１ページ１ページ繰っていくだけなのでいつの間にか読み終わる。長時間ギャラクシータブに触れていたことで愛着も湧き、持ってるものプロジェクトに沿う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて本の内容は、満州開拓団として中国に行った日本人家族が敗戦濃厚の余波をうけ政府に見捨てられ、父と息子・その妹だけ生き残るが父は南方戦線に連れて行かれ（その後敗戦となり一人日本にとりのこされる）息子と妹はそれぞれ別の中国農民に買われていく。息子が主人公で、出自が日本人であることが文化大革命のため汚点となり続け、なんのかんのと辛酸の限りをなめつくし大人になっていくが、文化大革命の終了により転機を迎える。革命は中国の国力を恐ろしく衰退させていたので、政府は故・毛沢東の「鉄をもって要となす」の言葉どおり最新鋭の製鉄所を日本の技術協力を得て建設していく、そこで技術者でもあり日本語もできる息子が活躍・・・でクライマックスへとつながっていく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;クライマックスには２つの側面があるがネタバレ効果の薄い一方を言うことにすると、最新鋭の製鉄所を日中合作で建設していく過程がすごい。適地調査・選定から始まって価格・技術交渉、反日感情、国家の力で押してくる中国、主席・副主席の政争により遅れる工期、それによる日本側関連企業の打撃、原料調達のトラブル、エンジニアリングに対する思想の違い、そういうのを乗り越えて大プロジェクトがついに完成した時やっと生まれる日中関係者一同の一体感が、過程の描写が非常に詳細なことで浮き彫りにされている。あとがきを読むと山崎豊子が取材に苦労した様子が書かれていて、さもあろうと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もう一方のクライマックスは本書の題名に関わることだが、可哀想だなと思いつつも現実的にはそうなるだろう。まさにドラマな人生を、歴史背景と結びつけて濃密に描いた大作。これを読んだあとにハゲタカを見ると薄っぺらくて仕方がない。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-5138450244051449567?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/5138450244051449567/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/07/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/5138450244051449567'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/5138450244051449567'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/07/blog-post.html' title='引越してからのこと'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-4559406718233468150</id><published>2011-03-27T21:05:00.000+09:00</published><updated>2011-03-27T21:05:42.487+09:00</updated><title type='text'>NHK杯決勝など</title><content type='html'>来月引越しのため今日はケーブルテレビのチューナー撤去だったが、将棋のNHK杯決勝を見るため業者に来てもらうのは午後にした。ほんとは囲碁も決勝を見たかったけれども、えらく遅い時間から開始されたため間に合わず。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２年連続のカードだが去年とは先後が逆で▲羽生-▽糸谷。糸谷が１手損角換わりを選択して、後手番ながら７３銀-６４銀の急戦。糸谷は相変わらず着手が早いが、羽生が８筋の歩を切らせる代わりに６５歩と銀を追い返して持久戦調になると、糸谷が細かく時間を使う展開になった。持ち時間が羽生＞糸谷となってからはついに終局までこの大小関係が逆転することはなかった、これは珍しい！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;羽生がさらに玉頭を厚くするべく▲７７桂と跳ねた直後の▽４２飛車から６２金が恐らくいい構想、左辺の圧力を躱して先手の弱点である右辺からの攻撃を狙う。７７桂は先手玉が相当弱体化するので、攻め合いになったとき先手危ないのではと思って見ていた。理想だけ言えば７７桂では先に７９玉とできればいいが、すると後手も４２飛車としなかっただろうから別の将棋になりそうだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;羽生は４６銀を５５〜６６と移動させて攻防の３７角を打つ。▽３５歩は当然、以下先手は解説・森内好みの７３角成ではなく４６の位置で角を取らせる間に金銀を取り、５３銀・５６金・２６金と執拗に飛車を攻める。これで飛車交換になればやはり先手玉が薄いのではないか・・・▽３７とに当てられている▲２８飛車を６７まで逃げまわるのは非常にやりづらいと思ったが実戦はそうなった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このあたり、糸谷は相変わらず時間を細かく使っているので読み筋通り進んでいたとは思えない。▽３６と、と粘りに出たあとの手順はもうカオスすぎてよく分からないが、矢内さん指摘の▲４６桂が入って先手分かりやすくなったのではないかと思った。それでも糸谷の５９角はすごい、攻め３．５守り６．５といった感じの手で彼の柔軟性をよく表している。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;感想戦では珍しく糸谷が気圧されているように感じた。&lt;a href="http://www.amazon.co.jp/%E3%81%A9%E3%81%86%E3%81%97%E3%81%A6%E7%BE%BD%E7%94%9F%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%A0%E3%81%91%E3%81%8C%E3%80%81%E3%81%9D%E3%82%93%E3%81%AA%E3%81%AB%E5%BC%B7%E3%81%84%E3%82%93%E3%81%A7%E3%81%99%E3%81%8B%EF%BC%9F%E2%80%95%E7%8F%BE%E4%BB%A3%E5%B0%86%E6%A3%8B%E3%81%A8%E9%80%B2%E5%8C%96%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E-%E6%A2%85%E7%94%B0%E6%9C%9B%E5%A4%AB/dp/4120041778"&gt;どうして羽生さんだけが、そんなに強いんですか？&lt;/a&gt;を読んですぐだから余計そうなのかもしれないが、糸谷のような、滅法強いのに新しいタイプを相手にしてこれだけ平然と指せるのは、やはり化け物としか言いようがない。いくら羽生に経験があるといっても、糸谷の側から見ればいくらでも研究材料があるのであり、早指しのNHK杯は年齢的にも糸谷に利するところがあるだろう。こんな結果をあと数年も許しておくわけにはいかないはずなので、巻き返しに期待したい。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-4559406718233468150?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/4559406718233468150/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/03/nhk.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/4559406718233468150'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/4559406718233468150'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/03/nhk.html' title='NHK杯決勝など'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-5620054724529871893</id><published>2011-03-22T17:15:00.001+09:00</published><updated>2011-03-27T21:32:16.038+09:00</updated><title type='text'>都心における東日本大震災、その微妙な平和ぶり（２）</title><content type='html'>週明けの3/14(月)は今思うとホワイトデーだがそんなこともちろん忘れていた。&lt;br /&gt;通常業務だというので出社したが予想通り仕事にならず、意味のない日に終わった。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ところで３月末は僕が住んでいる賃貸マンションの更新があり、それに合わせて今の狭い物件から、家賃が安くて部屋が広い近場の物件に引っ越す予定であった。3/22（火）に引越し業者を呼んでいたが、余震は多いし原発の情報は手薄だし食料品は買い占められている、周りの人や実家にいる親もやたらと不安そうにしているので急遽３週間ほど延期し、引越しのためにとっていた1週間ほどの休暇を3/15から取得することにした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3/15,16は東京で情報収集に明け暮れた。原発で制御系統が海水をかぶり、あれだけの爆発があったのでは、運転停止や炉の封じ込めには成功していると見られるとか言われても全く信用できない。巨大余震が原発付近で起こることも考えられる。もっと情報がでてくるまでとりあえず原発は発電能力が同じであれば全部同じ被害を与えうる（仮定１）と見なし、最悪の事態を想定することにする。こんなのは影響力のある人が発言すべきことではないが、関東圏に住む一般市民としては当然こう考えるところ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;テレビの報道番組によると今回の事故は&lt;a href="http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%AB%E5%B3%B6%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E7%99%BA%E9%9B%BB%E6%89%80%E4%BA%8B%E6%95%85?utm_source=&amp;utm_medium=&amp;utm_campaign="&gt;スリーマイル島原子力発電所事故&lt;/a&gt;と似ているらしい（仮定２）。&lt;br /&gt;「1989年の調査で圧力容器に亀裂が入っている事が判明し、異常事態が更に長引いていたならば、チェルノブイリ原子力発電所事故と同様の規模になっていた（仮定３）と言われている。」&lt;br /&gt;仮定１・２・３より「チェルノブイリより発電能力の高い福島原発はチェルノブイリと同等以上の事故につながりうる」ことになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※もちろん後になってみれば・・・または、十分な情報（知識も含む）を持つ人にとって仮定１は誤りである。現代の原発は過去の事故を踏まえ、非常に安全な作りになっている。仮定２も何がどのように似ているのか定かではないし、仮定３も何故そのように言われているのかよく分からない。とはいえ、仮定しか与えられていない状況では手持ちの材料で推論するより仕方がない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;チェルノブイリ事故では結局のところ、半径300kmの範囲が（放射線管理区域に指定しなければいけないほどの）放射能汚染を受けた。東京は福島原発から300km範囲内にすっぽり入るので、これから先の情報変化によっては安全地帯ではない。引越しを延期し実家がある兵庫県に帰ったのはそのような判断もあった。実際のところ、16日の早い時点ではまだ引越しを延期するかどうか迷っていたが、こんなとき慎重にならなくていつ慎重になるのだろうという気になり、17日午前に不動産業者や引越し業者に電話を入れ延期の手続きをとった。そして同日夕方、新幹線で兵庫へ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実家に帰ると特に母親は安心したようであった。15,16日はテレビを見ていて時間が長く感じたと言っていた。僕もそのように感じていたので、親はなおさらだろう。休暇だからといってどこかへ出かけるでもなく、新聞を読んだりツイッターを見たりした。ちなみに関西ではニュースの時間以外、民放では普通の番組をやっていてあまり震災の様子や停電の情報、原発の情報がリアルタイムに入ってこない。だから比較的整理された情報をほどよいインターバルで受け取ることができ、精神的プレッシャーはだいぶ軽減された。アメリカが80kmを避難線としたのにも安心した。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もちろん震災のほうも心配だが、僕にできることは募金くらいしかない。ちょうど、実家の家族が昔からお世話になっている牧師さんが滋賀県のほうに転勤（？）になるというので、3/20(日）ご挨拶がてらミサに行ってきた。震災の募金箱があったので募金し、牧師さんの（震災について何事か語っているのだが比喩が難しくてよく分からない）説教を聞いたり賛美歌を歌ったりした。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;終わり際、牧師さんに「久しぶりの方に来ていただいてます」と急に東京の様子を尋ねられ、都心の微妙な平和ぶりを手短に話した。母は「何かしゃべらされると思ったけど先に言われるのもイヤかと思って言わなかった」と言っていた。まぁその通りではあるのだが。ほかにも、別に話をふられてもいないのに何人かが適当に話をしてお開きとなった。田舎のミサらしい感じがして何だか和む。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;都心の微妙な平和ぶり・・・今回の感想として、都心では皆かなり冷静であった（買い占めという不可解な出来事はあったものの）。しかしあまり、情報を個々人が求めていく感じがしないところに少し心配を覚える。自分自身を含め、関係者が被災しているような場合には体が自然と動くだろう。でも都心において、地震の被害が結果的に軽微だったからといって、計画停電の区域から外れているからといって、原発から遠くはなれているからといって、いつもと同じことを粛々と続けている人々を見ていると、彼らは一体いつ（身体的反射以外の）行為を計画し決断するのだろうと疑ってしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;すぐに逃げろとは言わないが、せめて情報が少なく余震確率が高いうちは活動を控えるべきであるし、企業の経営者は社員に活動を控えさせるべきである。今回の件でよく分かったが、震災の影響を大して受けていない都心企業の経営者が何も決断せず通常勤務を言い渡した場合に社員が単独で決断をすると、そいつは「他の社員が頑張っているのに真っ先に逃げる無責任者」ということになるらしい。&lt;a href="http://www.minamitohoku.or.jp/up/news/newword/normalcybias.htm"&gt;正常性バイアス&lt;/a&gt;で目が曇っているとしか思えない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アメリカが原発事故から数日もたたないうちに廃炉を前提とした技術援助を日本に申し入れたという話がある。東電が「自分のところでできるから」と言ったから、という理由で政府はその提案を断った（もしくは保留した）らしい。しかしながら3/22現在の情報によれば、損傷のない５号機と６号機までもが（地元の住民感情を考えれば）廃炉やむなしという見解のようだ。何だかチグハグなように思われる。５・６号機が廃炉なら第２原発も廃炉ではないのか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;個人的な話に戻るけれど、マンションの契約更新をしたので引越しをするモチベーションはいくらか減ってしまった。それでも引越しはしたいと思う。選択や行動をするのに多くの重要な理由を求めてしまうと、やはり人間の行動力というのは徐々に落ちていってしまうだろうから。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-5620054724529871893?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/5620054724529871893/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/03/blog-post_22.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/5620054724529871893'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/5620054724529871893'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/03/blog-post_22.html' title='都心における東日本大震災、その微妙な平和ぶり（２）'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-6728495001802011485</id><published>2011-03-22T06:33:00.002+09:00</published><updated>2011-03-22T06:42:47.249+09:00</updated><title type='text'>都心における東日本大震災、その微妙な平和ぶり（１）</title><content type='html'>2011/3/11金曜日、東日本大震災があった。&lt;br /&gt;僕がつとめる毎日新聞社ビルでも震度５強の揺れがあり、&lt;br /&gt;天井が落ちたり本が雑誌がぎっしり詰まった僕の席の隣の棚が倒れてきたりした。&lt;br /&gt;近くの九段会館でも天井が落ち、そちらでは運の悪いことに１名お亡くなりになったらしい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マグニチュード８．８という情報はすぐ入ってきたから、普通に考えて週明けは自宅待機だろう。&lt;br /&gt;なぜなら強い余震がさらに近い場所で起こることがありえ、また天井が落ちるなどの予測不能事態がありえ、&lt;br /&gt;すると九段会館同様の事故がありえるから。１日弱たってから分かったことだが原発（電力）の問題もある。&lt;br /&gt;しかし残念ながら会社に危機意識がなく、この予想は覆された。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;3/11地震後は近くの公園に避難指示。その後に帰宅許可がでたので帰ろうとしたが電車が動かない。&lt;br /&gt;会社に戻って行く人も多かったが、電車が長く動かないことも考えられるので&lt;br /&gt;ひと駅ずつ西（帰宅方向）に歩きながら電車の状況（や震災の影響）を確認することに。&lt;br /&gt;とりあえず上司（運のいいことに休み中）に電話をかけるがつながらない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;竹橋から九段下に向かう途中、腰を落ち着けてギャラタブ（スマートフォン）で情報を見るために&lt;br /&gt;プロントなど喫茶店を見て回るが営業を中止しているか持ち帰りのみとなっている所が多かった。&lt;br /&gt;九段下の地下鉄入り口をひとめ見ると大勢の人がたむろしており、まだ電車が動いてないことが分かる。&lt;br /&gt;小諸そばならやっているだろうということで別に食べたくもないがそばを食べた。&lt;br /&gt;こんなに混んでいる小諸そばは初めてだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ギャラタブで情報を確認していると、隣に座っていた中国人のおばさんが片言の日本語で話しかけてきた。&lt;br /&gt;中国人はいつも気さくなのかもしれないが、災害時だし既に共通の話題が約束されているから&lt;br /&gt;余計話しかけやすいのだろう。小諸そばは口に合わなかったのか、そばもご飯も大量に残っていた。&lt;br /&gt;ご飯がついているところから見てお腹じたいは減っていたと思われる。&lt;br /&gt;小諸ファンとしては遺憾である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;外を見てもたむろの人々が動き出す気配はないので飯田橋に向かう。&lt;br /&gt;しかし間違えて市ヶ谷方面に歩いてしまい時間を大幅ロス。&lt;br /&gt;東西線の線路沿いに歩いていけば家には着くはずなのだが地下鉄なので線路が見えない。&lt;br /&gt;総武線が動いていればそれで帰れると思ったが動いていなさそうだ。しぶしぶ元の道を戻る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;飯田橋についたのは１８時くらいだったか。もうだいぶ暗くなり、外はかなり寒い。&lt;br /&gt;バス停に長蛇の列。たしかに、これに乗れたら高田馬場まで帰れる・・・&lt;br /&gt;でもこんな寒いところで待つ気しないよ。と思いつつも一旦はなまるうどんに退避し、&lt;br /&gt;出てきた時に列が短くなっていれば待ってみようかなと思った。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;はなまるうどんのうどんは美味しくて元気がでた。&lt;br /&gt;情報収集も完了し、JRが早々に本日中の運転再開を断念したことを知る。&lt;br /&gt;バス停の列は全く短くなっていない、むしろ伸びている。&lt;br /&gt;しかし往生際わるく、都営大江戸線の様子を見に行ってみることに。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;飯田橋の都営大江戸線ホームには初めて行ったが、遠かった。二度と使わないだろう。&lt;br /&gt;結局動いておらず、飯田橋を後にして神楽坂に向かう。&lt;br /&gt;地下鉄ではあんなに近い飯田橋 - 神楽坂間がこんなに時間かかるとは・・・&lt;br /&gt;牛込神楽坂に心を惑わされつつ何とか神楽坂を通り過ぎ、休まず早稲田へ。&lt;br /&gt;どこまで行っても歩いて帰る人達がたくさんいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そばとうどんで腹は一杯なものの寒さで限界が訪れ、早稲田のカフェで一服。&lt;br /&gt;２０時１５分くらいに入ったが、２０時半閉店と言われた。&lt;br /&gt;コーヒーを飲んで情報収集している時、グループ会社の知人から電話が。&lt;br /&gt;新宿オフィスがエレベーター動かなくて、２３階に来客があった彼女は客を送るため１階まで往復したのだと言う。ふーむ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もっと高い建物にいる人は大変だったろうな。&lt;br /&gt;東京タワーを外から見ていた人の話じゃ、地震のとき「たわわ、たわわ」と揺れていたそうだ。&lt;br /&gt;そんなこんなで２１時ごろ自宅についた。&lt;br /&gt;地震直後にも電話したが、再び実家にPHSで連絡をいれる。&lt;br /&gt;今回の地震では各社携帯がつながりにくい中、PHSとツイッターは非常に役に立ってくれた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結構しんどかったが、歩いて帰れるのは有り難いことだ。テレビを見ながら、そう思った。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-6728495001802011485?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/6728495001802011485/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/03/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6728495001802011485'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6728495001802011485'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/03/blog-post.html' title='都心における東日本大震災、その微妙な平和ぶり（１）'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-6777049075752302544</id><published>2011-02-20T22:18:00.000+09:00</published><updated>2011-02-20T22:18:08.047+09:00</updated><title type='text'>Developers Summit 2011</title><content type='html'>2011/2/17,18 目黒雅叙園で行われた&lt;a href="http://codezine.jp/devsumi/2011"&gt;Developers Summit 2011&lt;/a&gt;のまとめ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;17日に見たもの。&lt;br /&gt;【17-A-1】&lt;br /&gt;Mobile Future Conference開会のご挨拶／ 世界へ挑むDeNAの「X－border」「X-device」戦略&lt;br /&gt;南場智子 氏 / 守安功 氏&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;南場さんの、TO氏（怪盗ロワイヤルの作者）に関する話が面白かった。&lt;br /&gt;話を聞く限りTO氏はあまりエンジニア然とした人ではなさそう（営業から転向した）だが、&lt;br /&gt;南場さんが評価する３ポイントであるところの「能力」「意欲」「実績」のうち特に２番目と、何がなんでもやり遂げようとする根性が抜きん出ているという。&lt;br /&gt;そういうタイプの人がどのように会社に影響を与え、また管理する側がどのようにそういう人を扱うかに関する興味深い例。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;守安氏の話は、DeNAが比較的最近買収したngmocoという会社が開発したX-Platformゲームエンジン「ngcore」に関するもの。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;【17-E-3】&lt;br /&gt;Hadoop：黄色い象使いへの道 ～「Hadoop徹底入門」より～&lt;br /&gt;下垣徹 氏&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一番才気を感じさせるスピーチでしたで賞をあげるとしたらこの人。&lt;br /&gt;短い時間に盛りだくさんの内容で、比喩をうまく使いながらHadoopの全体像と「Hadoop徹底入門」の構成、ページ数の関係で盛り込めなかったところなどを説明していく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;【17-A-4】&lt;br /&gt;大規模Webサービスのためのデータベース技術の現在・未来&lt;br /&gt;松信嘉範 氏 &lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大規模Webサービスのボトルネックであるマルチスレーブへのレプリケーションを、PCI-ExpressのSSD採用によるIOPSアップにより解決すると今度はボトルネックがマスタやCPUやネットワークに移っていって・・・というようなお話。ザ・エンジニア！という感じでスピーチも上手。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;【17-E-5】&lt;br /&gt;Cassandraで見るNoSQL&lt;br /&gt;小林隆 氏&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;NoSQLはNot only SQL。RDBMSよりNoSQLというんじゃなく住み分けが大事だと。&lt;br /&gt;よく「重要」を「でかい」と表現していた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;【17-A-6】&lt;br /&gt;Smartphone X-Platform 開発&lt;br /&gt;近藤和弘 氏 / 上条晃宏 氏 / 増井雄一郎 氏&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;web+db press #61 2/24発売！titanium特集。&lt;br /&gt;いくつかの描画エンジンによるフレームレートと描画オブジェクト数のグラフが印象的。&lt;br /&gt;js+canvasは現段階では非常に遅い、objectiveCのようなnativeは非常に早いがdevice依存。&lt;br /&gt;中間の策としてtitanium mobile。ある程度までなら十分なフレームレートでX-device、またjsで書ける。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;18日に見たもの。&lt;br /&gt;【18-A-1】&lt;br /&gt;ハッカー中心の企業文化を日本に根付かせる&lt;br /&gt;よしおかひろたか 氏&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Linuxカーネル読書会などで有名な人（という話を聞いた）。&lt;br /&gt;メモから引用：&lt;br /&gt;統制の種類には功利的、強制的、規範的なものがある。&lt;br /&gt;『超マシン誕生』『洗脳的マネジメント』&lt;br /&gt;許可を求めるな、謝罪せよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ハッカーは「自ら行動する人」であり、行動はプログラミングだけとは限らないと。&lt;br /&gt;シリコンバレー感たっぷりのスピーチ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;【18-A-2】&lt;br /&gt;次世代ジオロケーションサービスの開発手法&lt;br /&gt;佐藤伸介 氏&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Yahoo! Open Local Platformの話。A-1が面白すぎたのであまり印象に残っていない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;【18-A-3】&lt;br /&gt;スマートフォン向けソーシャルアプリケーション開発の現在&lt;br /&gt;伊藤直也 氏&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ほんとは「SilverlightとAzureで魅せる未来」を見る予定だったんだけど&lt;br /&gt;rakuten_saitama（twitter）がこっち見る１手でしょと言うのでついていった。&lt;br /&gt;なんかこのへんからメモが適当になっているが・・・&lt;br /&gt;taglet NFC共有 OpenFeint unity（jsだけじゃなくC#も使えるとな）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;【18-A-4】&lt;br /&gt;ウェブアプリケーション関連技術5年間の変遷とこれからのはなし&lt;br /&gt;藤本真樹 氏&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;５年前はGreeではこんなハード・スペックでこんなバージョンのミドルウェア・言語・フレームワークを使っていたよ・・・こうしてみると思ったより進歩してないね。という感じの話。&lt;br /&gt;資料をみて復習しないと思い出せない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;【18-A-5】&lt;br /&gt;前例のないソフトウェアを作る！ コミPo!開発秘話&lt;br /&gt;小野知之 氏 / 田中圭一 氏&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;休憩時間から「コミポコミポ」という歌が無限リピートされていて、気分転換ぐらいのつもりでいたがかなり面白かった！田中圭一さんというのは漫画家で、ふだん絵を描かない人がカンタンにマンガを（ビジネス用途まで想定してるようだ）作れるようなソフトがほしいということで、ウェブテクノロジさんと一緒になって要件定義をしたりモックアップの作成をしたらしい。ウェブテクノロジさんといえば減色エンジンや携帯向け画像変換ツールを開発しているところ。これはちょっと、記憶に残ったよ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;【18-B-6】&lt;br /&gt;Chrome、Chrome OSとChrome Web Store&lt;br /&gt;北村英志 氏 / 及川卓也 氏&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;及川氏にベストスピーチ賞をあげたい。何回も話しているので早口になってしまう・・・と本人が言っていたので、慣れてるってことなんだろうけどね。さて、Chrome OSの思想は分かるんだけども、あれがほしいかと言われると躊躇してしまう。確かに今のwindows pcは、不要といって差し支えないくらいたくさんの機能がゴテゴテしているが、ではChrome OS搭載PCが進化していった先にはどんな便利なPCがあると、彼らは思い描いているんだろう？その説明があったほうがいいと思った。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-6777049075752302544?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/6777049075752302544/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/02/developers-summit-2011.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6777049075752302544'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6777049075752302544'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/02/developers-summit-2011.html' title='Developers Summit 2011'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-5372789395042194594</id><published>2011-02-20T10:03:00.000+09:00</published><updated>2011-02-20T10:03:50.372+09:00</updated><title type='text'>ヒトの繁栄について</title><content type='html'>もし人類が未来永劫に渡って絶滅しないことが保証されていたとしたら。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば仮に人間個人が、グーグルのBig-Table上の単一オブジェクトみたいな存在になり、しかもそのインフラが宇宙の隅々まで行き渡っており、別の宇宙にある同様のインフラと通信・同期することすら可能であるとすれば、だいたい「絶滅しない条件」が整っていると言えるだろう。というかそういうことにしよう。そうなった時、　ーもはや彼らは人間と呼べない感じになってしまっているので、仮想人間と呼ぼうー　仮想人類は「何のためにここまで増えたのか？」と思わないだろうか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここで、仮想人類は何人の独立した仮想個人から構成されるのがベストか？という問題を考える&lt;br /&gt;｛＊「独立した」というのは、分散データ（バックアップ）を含まないという意味。「仮想人類」は、仮想人間の一人一人（仮想個人）から成る集団のこと　｝。&lt;br /&gt;素朴な言葉で言えば、世界が１００人の村であるのと、数億の国の集合であるのとではどちらがいいか？ということである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;なぜ増える必要があるのか？この疑問に対する冷静な回答の一つは、「全体として増えるのは単なる結果であって、個別の生殖活動が行われる動機は、個人的とさえ言えるほど小さい理由である」というものだろう。そうだとすれば、人類は何も考えずにその規模を拡大していることになる。しかしながら、そのことが問題になるのは、単にヒトの生息環境として用意されているのがこの地球しか今のところないからである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;つまり私たちは、非常に差し迫った環境問題以外については、「何も考えずに規模を拡大している」ことに対して何の内省も行っていないのである。仮想人類の文脈では生息環境の広さに関する制限はないので、この「内省」が行われやすくなると思われる。何人の村ならいいのか？１００人の村より６０億人の村のほうが、あるいはもっと大人数の村のほうが幸せな社会だと言えるのか？逆に、何人であろうと&lt;br /&gt;大した相違はなくて、むしろゼロでも価値は同じなのではないか、といったような内省である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このように考えるのは、あまり現実主義的ではないように映るし、実際その通りだと思う。しかしながら、人生に意味はあると考える人々にとっては、この問題は無意味ではないだろう。何しろ、一人一人の人生にオリジナルな意味があるのなら、１００人の村より６０億人の村のほうが、意味の総量は多くなるに決まっているのだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そう考える一方、多ければ多いほど良いとも思えないだろう。よって、「人生には意味がないことにする」か、「（ゼロから無限の間において）ちょうど良い繁栄規模はこれである、という説得力ある説明を見つけだす」か、「別のシナリオを考える」か、以上のうちいずれかの方針を採って考えを進めなければならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;個人的には、最後の選択肢を考えているが・・・気が向いたら書くことにする。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-5372789395042194594?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/5372789395042194594/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/02/blog-post_3198.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/5372789395042194594'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/5372789395042194594'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/02/blog-post_3198.html' title='ヒトの繁栄について'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-7479801946680323045</id><published>2011-02-20T09:54:00.000+09:00</published><updated>2011-02-20T09:54:21.886+09:00</updated><title type='text'>現実と小説</title><content type='html'>今日の世界文学ワンダーランドはジョン・アップダイクの『クーデター』だった。著者はアフリカに、アフリカのイメージを代表するいかにもアフリカらしい架空の国を作り、そこからの視点でアメリカを風刺した。僕はかなり最近まで小説を軽視してきたので、少し前なら「国まで架空なんじゃ、読んでも何の得もない」と思っただろう。世の中には特定の小説について読書体験を共有し、そこに登場する人物や概念について議論をする人たちがいる。一体その議論は何だろう、何の意味があるのかと。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも今では、逆に現実についての議論は何がそんなに（小説についての議論に比べて）偉いのかと疑うようになってきている。抽象的な言葉を用いた議論は本来仮想的なものだ。現実にある複数の現象・パターンに名前を設定し、それを文法というテンプレートに入れ込んで文章を作る。文章と別の文章を交換してコミュニケーションをし、何らかの合意に至る。なるほど役に立つ。しかし小説についての議論でも、同程度に合意に至るだろう。その合意は、一定範囲の文脈中において特定の命題が真であるかどうかに関する合意であり、その点では現実でも小説でも変わりがない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ただしその特定の命題なるものが、現実について議論される際には、真であるか偽であるかが実在人物の生活に影響を与え、小説について議論される際には、真であっても偽であっても実はどうでもよいというあたりが相違点であろう。しかしながら、ここから直ちに現実についての議論のほうが現実的に重要だと言うことはできない。なぜなら、結論が実際の利害に直結しないということは議論の展開に自由度をもたらすからである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;実際の利害について興味がある私たちは、今までにない新しいものを作りだすことに興味を持っている。新しいものが誕生すると利害関係に影響を与えるからだ。ここで、もし議論が・・・一人の頭の中でのみなされる議論、つまり思考も含め・・・その展開に強い制限を加えられていたらどうだろう。新しいアイディアが自分にとって有益かどうかを考える際にはまずタネをたくさん用意しなければならないというのに、現実に正しいことからの演繹でしか選択肢を手繰り寄せられないのでは非常に効率が悪い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小説中にでてくる言葉も現実に話される言葉も、それらを構成する単語に分解してしまえば区別がつかない。組み合わせ方に強い制限を課したものが現実的な言葉であって、逆に最低限の制限しか課さないものが小説的な言葉である。この自由度によって小説は多くのタネを生み、例えその多くが現実に役に立たないものだとしても、何％かが新種の有用なアイディアとして生き残る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小説がいくら架空の話だといっても、人間は全く現実に即していない世界を考えることはできない。現実についての話がいくら現実的に感じても、人間は完璧に現実を頭の中に（あるいは紙の上に）再現することはできない。そういうわけで両者は互いに歩み寄って、私たちが考えているよりずっと近い距離に並んでいる。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-7479801946680323045?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/7479801946680323045/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/02/blog-post_334.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/7479801946680323045'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/7479801946680323045'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/02/blog-post_334.html' title='現実と小説'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-1762056083241787443</id><published>2011-02-20T09:42:00.000+09:00</published><updated>2011-02-20T09:42:03.194+09:00</updated><title type='text'>『博士の愛した数式』レビュー</title><content type='html'>前途有望な数学博士が交通事故で脳に障害を受け、80分しか記憶が続かない体になってしまう。彼のところへ家政婦としてやってきた女性（以下、家政婦さん）とその息子・ルートとの心の交流。基本的にはそれだけの話だが、延々と続く3人のやりとりを見ているうちに、80分しか記憶がもたないのを自覚して毎日を過ごすのはどんな感じなんだろうと想像することになり、それが生み出す膨大な行間が単調なストーリーに厚みを加えている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;博士は80分しか記憶がもたないので、重要なことは全て紙にメモして自分の体に貼り付ける。家政婦さんが尋ねてくる時は博士にとって毎回初対面なので、「新しい家政婦さん」と書かれた似顔絵つきのメモを見て既に知り合いであることを認識する。彼の記憶は、交通事故に遭う直前における全記憶と、直近 80分の記憶、体に貼り付けられたメモや数学のことを記したノートなどの外部記憶によって構成されている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;彼の80分を１サイクルとし、新しいサイクルが始まった直後について考えてみよう。このとき彼は、新しいサイクルが始まったという事実を認識することはできない。彼は習慣的な動作によって「僕の記憶は80分しかもたない」と書かれたメモを見る。そして初めて、そのサイクル内で博士は自分の障害を認識する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次に彼はニュースや新聞で現在の日時を確認したり、書いた覚えのない自分の筆跡がノートに記されているのを見て、メモの真実性を強化するだろう。僕の記憶は80分しかもたない。彼のサイクルは深い悲しみから始まり、しかもサイクルを経るごとに、忘れてしまった（と彼が認識する）記憶の量が増えていく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;サイクルの中程で、彼は家政婦さんとルートとの楽しい時を過ごす。彼は子供が大好きであり、また家政婦さんも、博士のところに通うたびに数学に対する興味をもって話を聞いてくれるようになる。しかし彼は今いるサイクルの開始時刻が分かっているであろうから、あと何分でこのサイクルが終了するかも分かっていると思われる。楽しければ楽しいほど恐怖も大きいだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;サイクルの終了間際、小説での描写による博士は非常に穏やかだが、もし彼の過ごした80分弱が非常に楽しい時間だったなら、次のサイクルの自分にメッセージを残そうとせずにいられるだろうか。しかし濃密な体験とそのアウトプットを両方満足に完了するには、80分は短すぎる時間である。つまり彼は、濃密な体験を望まないだろう。彼が体中にメモを貼り新しいメモをどんどん追加していくのは、記憶をつなごうとする欲求の現れであろうから、次の自分が瞬時に取り込める類の情報を残そうとすると思われる。それが数学である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もし彼が自分が記憶障害である事実を知らなければ幸せだろうかと、ふと考えてしまう。その事実を知るのを遅らせるのは簡単なことだ。「僕の記憶は 80分しかもたない」と書かれたメモを、家政婦さんがコッソリ取り外してしまえばよい。しかし彼の記憶は遠い昔の状態で止まっているから、現在日時を知ったりノートに覚えのないことが大量に書かれていたり、自分の手が年老いていると感じるだけで彼の苦しみは開始されるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;現実から隔離された部屋に、博士が交通事故に会った翌日の日時を表示するデジタル時計があり、博士が書いたメモやノートは全てコッソリ捨ててしまう家政婦さんがいるとしよう。それでもなお、彼が年をとっているという致命的な弱点は克服できない。もし彼がそんな部屋にいるとしたら、自分が年をとっている理由が全く分からず、しかもそのことを口先でごまかそうとする見知らぬ家政婦がいるのみなのである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな状況に人は耐えられるだろうか？そう考えてみると、「僕の記憶は80分しかもたない」と書かれたメモは苦しみの元凶ではなく、どの道やってくる苦しみを最もマシにしてくれる鎮痛剤なのである。80分しか記憶がもたないことが分かれば、彼は現実から受け取る情報と自分の状態とのギャップをすぐに理解するだろう。数学者にとって、あるいは多くの人間にとって、分からないという事実から発生する不安ほど苦しいものはない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この小説には博士が感じるであろう上述のような苦しみがほとんど描かれていない。彼の数学に対する純粋な思い入れや子供に対する優しさ、数列の美しさ、そういった綺麗なものだけで出来上がってしまっているのが残念に思える。著者が書きたかったのは数学のエレガンスと数学者の美学なのだろうが、記憶障害は小説を盛り上げるために気まぐれで振りかけられるほど手軽な調味料ではない。ある状況が現実世界で実現した場合に当然発生すると予想される現象は、類似した状況が実現している小説世界においても発生しなければならない。そうしないのであれば、紛らわしいから現実ベースの小説は書かないほうがいい。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-1762056083241787443?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/1762056083241787443/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/02/blog-post_20.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/1762056083241787443'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/1762056083241787443'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/02/blog-post_20.html' title='『博士の愛した数式』レビュー'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-8292473270592047988</id><published>2011-02-12T18:24:00.001+09:00</published><updated>2011-02-12T22:53:49.864+09:00</updated><title type='text'>会社は従業員に対しても社会貢献をする責任がある</title><content type='html'>よその会社の話だけども、知人の上司が脳梗塞で倒れたらしい。&lt;br /&gt;容易に想像できるが、血圧が高くて太っていたという。&lt;br /&gt;その人の食生活はよく知らない。だから不摂生がたたったのか元々そういう体質だったのかも分からない。&lt;br /&gt;とはいえ、もし自分に部下がいてその子が会社で変な時間におやつなどモリモリ食べているようなら、&lt;br /&gt;多少は干渉しようかなぁと思う。会社での人間関係が少しも家族化してはいけないってことはないだろうから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;会社にとって、従業員が健康に気をつけてくれるのは非常に有り難いことのはずだ。&lt;br /&gt;健康に気をつけることが可能な時間は、プライベートの時間だけではなく業務時間も含まれる。適切な気分転換、適切な姿勢と姿勢転換、エレベーターの代わりに歩く、残業を減らして夕食の時間が遅くなりすぎないようにする、等々。&lt;br /&gt;でもその努力が有難がられることは、実際にはあまりない。それどころか、会社によっては残業が少ない人に対してもっと残業させようとしたり、気分転換や姿勢転換をサボりと見なすことさえあるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それが蔓延することによって会社中が気分転換だらけになったら困るというのは確かにある。でもそれなら、気分転換をどれくらい許すかによってチームの雰囲気や達成タスク量がどう変わるか、それぞれの管理職が見ればいい。&lt;br /&gt;残業のほうは、それが個人の活力につながって達成タスク量が増える場合もあるだろうが（例えばプログラミングがノッてきて面白くて仕方ない場合とか）、人によっては２・３時間やる程度ではほぼ増えない場合もあるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えばこういうことだ。持久走をするときランナーは、何ｋｍ走るか決めてから走る。なるべく早く走ろうとする人Ａもいるし、ゆっくり走る人Ｂもいる。この持久走を取り仕切る先生が、Ａにだけ150%のノルマを課したとしよう。この意図は、ＡとＢが走り終わる時刻を近づけることである。この時Ａは２種類に分かれる。ノルマが増えてもなお全力で走ろうとする人Ａ１と、自分の体力を考慮して初めからペースを落とすＡ２である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※どの程度ペースを落とす必要があるかは個人の体力による。Ａ２の場合、普段の1/2としておこう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;Ａ１は（体力があれば）先生の意図通りＢとほぼ同時刻にゴールする。Ａ２はペースを半分に落とした結果、大幅に遅れてゴールする。というわけで、Ａ２に追加ノルマを課した先生の意図は失敗している。そのうえ単位時間あたりの走破量も落ちている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一日の初めに「今日は２・３時間残業しよう」と決めることは、持久走の追加ノルマに相当する。&lt;br /&gt;そう決めた人がＡ２タイプであれば、単位時間あたりの走破量すなわち効率が落ちることにより、タスク達成量は何時間か残業したあとにやっと（残業なしの日より）多くなり始める。仮にその時刻が２１時だとして、２２時まで働くと（落ちた効率）×１時間分のタスクを余分にこなせることになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;一方、夕食の時間が遅くなったり自由時間が少なくなったりすることで健康とモチベーションの両面で悪影響が予想される。さて、余分にこなせるようになったタスク量はこの悪影響に見合うか？ましてや、長い会社生活の中で150%ノルマを続けていった時、効率の低下幅がずっと同じで済む保証はない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ストレスが過食につながりやすい人だっているのだ。その因果関係を疑ってもみないで、ストレスを低減できる働き方を部下に提案してあげもせず、ある日病気になったら運が悪かったね、ひどい時には自業自得だなどと言う、僕は幸いそういう上司は見たことはないが、もしいるとしたらいかがなものかと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;相談にのるのはまだ良いほうだが、グチを聞いているだけなら無能の範疇を出ない。忙しいのは分かるので一人一人に丁寧に働きかけろとは言わないが、自分で健康やモチベーション管理をするよう奨励し、すでに実践している人は評価するべきだ。自分のチームの業績だけを気にするあまりつい業務偏重な命令をしてしまったとする。部下からそれを指摘されたら、ハッと気づいて訂正する。指摘しやすい空気を作る。管理職自ら実践する。こういった文化に理解のない、さらに上の偉い人から部下を守る。どれもそんなに面倒くさいことじゃない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;追記１：&lt;br /&gt;Ａ１がＡ２より評価されるのは仕方のないところ。しかし上司はＡ２を認めなければならない。&lt;br /&gt;また、Ａ１は150%のノルマなら全力で走れるが、これが200%とか300%とかどんどん増えても全力で走ろうとするなら危険である。自分の体力を考慮しない未熟さを上司が黙認すると、最悪の場合は過労死ということになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;追記２：&lt;br /&gt;ある意味、残業は会議と似たところがある。残業をたくさんしていれば、自分は精一杯のことをしていると思って安心するからだ。しかし特に社外とのやりとりが多い業務形態の場合、営業時間内の応答頻度と質を高めることが重要になる（正しい問題の立て方、正しい内容の応答をすることによって、プロジェクト完了までに必要な総コミュニケーション量が減らせる）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;十分な対話をこなさないまま営業時間外に突入したら、作業系の業務はどうにかなっても外部コミュニケーション系の業務は置いてきぼりだ。そして往々にして、プロジェクトが遅れる原因はコミュニケーションのまずさにある。残業には残業代というインセンティブがあるが、対話を円滑に進めることについてはそれほど強力なものがない。&lt;br /&gt;だからこそせめて管理職は、下っ端の人間と一緒になって残業神話を崇拝していてはいけないと考える。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-8292473270592047988?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/8292473270592047988/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/02/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/8292473270592047988'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/8292473270592047988'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/02/blog-post.html' title='会社は従業員に対しても社会貢献をする責任がある'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-6759633429344007203</id><published>2011-01-24T20:26:00.000+09:00</published><updated>2011-01-24T20:26:23.242+09:00</updated><title type='text'>willcomに物申してみた。</title><content type='html'>もう１台無料キャンペーンを知りまして、思うところがありましたのでご連絡させてもらいました。&lt;br /&gt;私はもう５年以上家族３人でPHSを使っていまして、以前はファミリー割引を利用していました。しかし今は３人とも定額プランSなので、ファミリー割引が適用されません。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;定額プランSはもともと、旧ウィルコム定額プランの半額にあたるためそれ以上の割引きがないということだと思いますが、大手携帯キャリアのメールし放題プランと比べると1450円でもまだコストメリットがありません。通話料も横一線になってしまいましたし、ファミリー割引や家族間通話無料は当たり前になっています。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さらにここへきて、もう１台無料キャンペーンが始まったことを知りました。これはほぼ、新規の人にとってはファミリー割引に相当すると思います。5年以上PHSを愛用してきた家族には特に割引制度がないのに、新規だけここまで手厚いのはちょっと・・・と考えてしまいます。というわけで、ぜひとも定額プランSにファミリー割引の適用をご検討いただけたら幸いです。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-6759633429344007203?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/6759633429344007203/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/01/willcom.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6759633429344007203'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6759633429344007203'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2011/01/willcom.html' title='willcomに物申してみた。'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-3105232854500512374</id><published>2010-11-14T19:40:00.000+09:00</published><updated>2010-11-14T19:40:36.161+09:00</updated><title type='text'>名古屋港水族館</title><content type='html'>写真。&lt;br /&gt;http://picasaweb.google.com/spinel3/ElOxO#&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;前回名古屋に行った時はあつた蓬莱軒に待たされ名古屋港水族館に行く時間がなかったので、&lt;br /&gt;今度こそということで行ってきた。&lt;br /&gt;前日の夜に下痢をし、かなり厳しめだったが今回はひつまぶしを大量に食べるわけでもない。&lt;br /&gt;いちおう用心して、東京駅でいつも朝食に食べるうどんは控えておにぎりだけにしておいた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今回の写真は&lt;a href="http://picasaweb.google.com/spinel3/ElOxO#5539340235604854402"&gt;これ&lt;/a&gt;から後ろ。なんかもっと撮るべき写真があったような気がするが、イルカのパフォーマンスあたりからナイスショットを撮るのが難しくてどうでもよくなったようだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;名古屋港水族館は北館と南館の２つに分かれていて、北館（だったかな？）はほとんどイルカ専門館といってもいいほどイルカ類（イルカ・シャチ・クジラ）で占められている。何しろ水族館に入ったらいきなりシャチのナミがいる。主役をいきなり出すとは・・・よっぽど自信があるのかと思ったが、南館は極めて普通だったので、全体的なバランスという意味ではまだ改良の余地があるという印象。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このイルカ館は、全国の水族館と比べても相当楽しい部類だと思う。イルカはまぁ、色んな水族館にいてパフォーマンスもするところが多いが、シャチの大きさがもの凄いのと、イルカの数が半端ない（水槽も多くて綺麗な気がする）のと、シロイルカの頭がぷよぷよという事実が判明したことで印象は強い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そういえば、南館は極めて普通と書いたが、１つだけ凄いのがあった。それはシアターで、まず、スクリーンが馬鹿でかい。上映しているものは２つあって、「いきものがたり」と「チョウザメを絶滅から救え（みたいな内容、タイトルは忘れた）」。前者は、後ろに座ってる男も言ってたが、「なぜ水族館でこの題材・・・」と思わずにはいられない、しかし非常に出来のよい、グローバルに生態系を説明するもの。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;後者は、キャビア人気で乱獲されて数が減って絶滅の危機に瀕しているチョウザメを増やそうプロジェクトに従事している一人のアメリカ人を追った話。五大湖がどうやってできたかとか、氷河が後退してその浸食作用でどうのこうのという歴史話も面白いが、個人的にはチョウザメが、姿はあんまり鮫っぽくなく、産卵のために鮭のように川のぼりをすることや、１００年以上生きるものもあることに驚いた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そんな感じで、名古屋港水族館あなどりがたし。&lt;br /&gt;かなり時間がつぶせるのでイタリア村に行かなくても全然満足できちゃったよ、という一日だった。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-3105232854500512374?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/3105232854500512374/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/11/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3105232854500512374'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3105232854500512374'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/11/blog-post.html' title='名古屋港水族館'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-2242695670799462501</id><published>2010-10-11T00:00:00.001+09:00</published><updated>2010-10-11T00:02:17.179+09:00</updated><title type='text'>長野県上田、真田城へ</title><content type='html'>とりあえず、メモと写真。&lt;br /&gt;&lt;a href="http://picasaweb.google.com/spinel3/20101010Ueda#"&gt;写真&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1050あさま車内。ツイッターの不思議。ネットワークにつながっていないモバイル端末でも、こうやって時刻をつけてメモしておいてwifi環境に戻った時にツイッターにアップロードすることができる。旅の記録なんてものは友達とのリアルタイムなやりとりではないのだから、それで十分なはずだ。ところがやはり、ネットワークに繋がっている端末…例えば携帯電話を持っている時のほうが、いまツイートしなければ！という意欲が起こりやすい。そうしてもフォロワーが見てくれるのはずっと後かもしれないのに。そして、後でツイートした場合でも、同等の確率で見てはもらえるのだ。それでも（今すぐ）を欲するのは、今起こっていることや考えていることを今人に伝えられる可能性があるのならなるべくそうしたいという気持ちの現れだろうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1434 池波正太郎記念館となり、太平庵でクルミそばを食べた。上田城は特にどうということはなかったが、町と調和してる感じがする。例えば大阪城はすごいが、明らかにあの辺だけ異質である。その点上田の町は、城から離れて普通の住宅街や商店街になっても真田家の家紋や真田十勇士の旗などが其処かしこにみられる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;a href="http://twitpic.com/2w99j1"&gt;くるみ蕎麦、大盛り&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;すったクルミがついてる。正しい食べ方が分からない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1515 池波正太郎 真田太平記館。単に自分が池波ファンなだけかもしれないが、これはすごい。書斎の写真とか実際に使われた原稿用紙とか、シアターやらギャラリーやら非常に充実。上田城より全然楽しい。&lt;br /&gt;1640 お土産に『獅子』『チキンライスと旅の空』購入&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;1923 そうか、なるほど。どうも仕事のことはブログに書きにくいと思っていたが、何となく解決法を思いついた。確かに、開発中のサイトについてその全貌をペラペラしゃべるわけにはいかないが、こうやってメモをとっておいて、サイトリリース後にメモに多少の校正と考察を加えて公開すればいいのだ。もうすぐ東京につく。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-2242695670799462501?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/2242695670799462501/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/10/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/2242695670799462501'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/2242695670799462501'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/10/blog-post.html' title='長野県上田、真田城へ'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-7359135779004163970</id><published>2010-07-16T01:24:00.002+09:00</published><updated>2010-07-16T01:30:40.888+09:00</updated><title type='text'>同一局面に至る手順の違いで勝率が変わる？</title><content type='html'>yamajunn21さんのtwitterから引用：&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;週刊将棋の記事をみて思ったのだが、▲７六歩△３四歩▲２六歩より▲２六歩△３四歩▲７六歩の進行の方が先手勝率が高いって面白すぎる。同一局面なのだから、局面の問題でなく、その手順を選ぶ棋士の問題。&lt;br /&gt;.@spinel3 ▲７六歩△３四歩▲２六歩（手順１）の先手勝率０．５０５で、▲２六歩△３四歩▲７六歩（手順２）の先手勝率は０．５９９で約1割違うとのことです。本当に面白いですよねえ。&lt;br /&gt;&lt;hr&gt;&lt;br /&gt;うーん不思議だ。何でそうなるのか、ちょっと考えてみよう。&lt;br /&gt;対局数としては▲７六歩△３四歩▲２六歩のほうが多いだろうから公平な比較はできないが、仮に居飛車党の先手にとって▲２六歩△３四歩▲７六歩の手順が有力であるとすれば、初手２６歩に対する８４歩は望むところ（少なくとも、初手７６歩に対する８４歩よりはウェルカム）なのだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※後手が振り飛車党の場合は初手がどうだろうと２手目はだいたい３４歩なのだから先手は手順を工夫する必要はない。なにしろ先手は３手目に２５歩とするつもりがないのだから。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;よって、２６歩・８４歩の出だしと７６歩・８４歩の出だしの先手勝率を比べて前者が高いようなら&lt;br /&gt;「▲７六歩△３四歩▲２六歩の局面（局面Ａ）を目指すなら初手は２６歩とすべき」ということになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では、仮にそういう理由で手順２を経て局面Ａに至るのが有力であるとして、手順１経由より勝率が高いもっともな理由がありうるとしたら、それは何か？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;結論からいうと、yamajunnさんの言うように「同一局面なのだから、局面の問題でなくその手順を選ぶ棋士の問題」であろうと考えている。つまり、手順１が伝統的な出だしであるのに対して手順２は明らかに意図的なので、それを採用するには上の議論で述べたような「何か特別な理由」が必要である。多くの棋士を集めて何回も対戦させたら手順１と２が誰の棋譜にも均等に現れるというものではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「何か特別な理由」を持っている特定少数の棋士だけが手順２を選ぶのであり、それはやはり意識が高い棋士のなせる技だと思われる。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-7359135779004163970?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/7359135779004163970/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/07/blog-post_16.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/7359135779004163970'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/7359135779004163970'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/07/blog-post_16.html' title='同一局面に至る手順の違いで勝率が変わる？'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-6103704875228127706</id><published>2010-07-11T01:31:00.004+09:00</published><updated>2010-07-11T12:38:08.080+09:00</updated><title type='text'>willcomのメールフィルタリングの不自由さを解決する</title><content type='html'>いかに、携帯(PHS)に残したいメールだけ（自動的にフィルタリングして）残すかという話。&lt;br /&gt;willcomのメール設定では、fromアドレスを指定してメールの受信を拒否することができる。&lt;br /&gt;アスタリスクが使えるので、例えば「*@*.com」みたいな条件を設定することができるが、&lt;br /&gt;正規表現までは使えないので加減が難しい。そもそも、fromアドレスだけじゃなく本文もフィルタリング条件にしたい。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これを実現するために、知人には携帯アドレスではなく例えばGMailのアドレスを伝えることにし、そこに届いたメールは一旦全て自宅サーバに転送してしまい、思う存分フィルタリングをかけた上で好きなものだけ携帯に送るようにしてはどうか。間にGMailを挟むことで可用性が向上する上、第一フィルタリングをGMailで設定することによって自宅サーバの負荷を抑えられる。&lt;br /&gt;メールの種類によって読む端末を分けたい場合にも有効で、GmailならiPadやiPhoneを初めとする無線LAN対応機器を使い通信料を発生させずに読むことができる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「思う存分フィルタリング」のやり方。&lt;br /&gt;だいたい&lt;a href="http://www.rcnp.osaka-u.ac.jp/Divisions/CN/computer/ibm/manual/procmail/setting_procmail"&gt;ここ&lt;/a&gt;に書いてあることと同じだが、procmailrcの内容を以下のように変えている。これにより、メールソースを渡しつつfoward.rbを実行することができる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;hr&gt;MAILDIR=$HOME/Maildir/&lt;br /&gt;DEFAULT=$MAILDIR&lt;br /&gt;RubyDir=$HOME/scripts/ruby&lt;br /&gt;TmpDir=$HOME/tmp/&lt;br /&gt;LOGFILE=$MAILDIR/proc/`date +%Y-%m`.log&lt;br /&gt;LOCKFILE=$HOME/.lock&lt;br /&gt;VERBOSE=ON&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;:0 Hc :&lt;br /&gt;* .&lt;br /&gt;|cat &gt; $TmpDir/mail; $RubyDir/forward.rb&lt;br /&gt;&lt;hr&gt;&lt;br /&gt;メールソースをrubyで扱うのにtmailというライブラリが便利なのでこれを利用する。メールを送信するにはnet/smtpを使うが、認証がうまくいかなかったのでaction_mailerを使うことにした。&lt;br /&gt;gem install tmail&lt;br /&gt;gem install action_mailer&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;以下、forward.rb の例。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;hr&gt;#!/usr/bin/ruby&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;require 'rubygems'&lt;br /&gt;require 'action_mailer'&lt;br /&gt;require 'tmail'&lt;br /&gt;require 'kconv'&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;〜中略〜&lt;br /&gt;mail = TMail::Mail.load(mail_path)&lt;br /&gt;# 前述のprocmailrcの「cat &gt; $TmpDir/mail」で保存した一時ファイルを指定している&lt;br /&gt;subject = mail.subject&lt;br /&gt;body = mail.body&lt;br /&gt;〜中略〜&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# 日本語文字化け対策つきメール送信メソッドの定義&lt;br /&gt;class HogeMailer &amp;lt; ActionMailer::Base&lt;br /&gt;@@default_charset = 'iso-2022-jp'&lt;br /&gt;@@encode_subject  = false&lt;br /&gt;def hogeMessage(recipient, mySubject, myBody)&lt;br /&gt;from 'from@from.com'&lt;br /&gt;recipients recipient&lt;br /&gt;subject '=?ISO-2022-JP?B?' + Kconv.tojis(mySubject).split(//,1).pack('m').chomp + '?='&lt;br /&gt;body Kconv.tojis(myBody)&lt;br /&gt;end&lt;br /&gt;end&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;#認証とかの情報設定&lt;br /&gt;ActionMailer::Base.smtp_settings = { :address =&gt; '127.0.0.1',&lt;br /&gt;:port =&gt; 25,&lt;br /&gt;:domain =&gt; 'XXX',&lt;br /&gt;:user_name =&gt; 'XXX',&lt;br /&gt;:password =&gt; 'XXX',&lt;br /&gt;:authentication =&gt; :login}&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;#送信！&lt;br /&gt;HogeMailer.deliver_hogeMessage('to@to.com', mail.subject, mail.body)&lt;br /&gt;&lt;hr&gt;&lt;br /&gt;上記では単に転送しているだけだが、mail.fromやmail.bodyを正規表現などでフィルタリングしたあと&lt;br /&gt;複数の宛先に投げ分ければよい。また、大量のスパムメールが直接携帯アドレスに届くような場合には、willcom側の設定で例えば「*.com」を拒否しておき、forward.rbの中でfromアドレスを「.com」→「.etc」のように書き換えた上で転送するなど、色々応用がきく。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-6103704875228127706?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/6103704875228127706/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/07/willcom.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6103704875228127706'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/6103704875228127706'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/07/willcom.html' title='willcomのメールフィルタリングの不自由さを解決する'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-5919942919135273612</id><published>2010-07-04T09:34:00.000+09:00</published><updated>2010-07-04T09:34:56.447+09:00</updated><title type='text'>理由という言葉の少し変わった使い方</title><content type='html'>Twitterで&lt;a href="http://twitter.com/spinel3/status/16627632080"&gt;mic314が言っていたこと&lt;/a&gt;から連想した事柄を少し。&lt;br /&gt;※mic314はwiiの428というゲームにでてくる&lt;a href="http://ameblo.jp/428kansatsuki/entry-10222137200.html"&gt;タマ&lt;/a&gt;というキャラクターによく似ているなぁ・・・と密かに思っている人。べつに親しくはない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;mic314とspinel3の会話を引用：&lt;br /&gt;m: "女性は月刊、男性は週刊、って、なんでだろう、という議論中。…しかし、結論出ず。なんでなんだろーっ。"&lt;br /&gt;s: "それってどういう議論ですか？"&lt;br /&gt;m: "雑誌や漫画など、女性誌は月刊が多く、男性誌は週刊が多い・・・という実感があり、なぜ違うんだろう…という話をしてました！"&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;面白いと思うのは実はこの議論の内容そのものではなく、「なんでだろう」と理由を考えているところだ。理由という言葉は普通、ある人がなにか行動をした時の意図であったり、結果に対する原因という意味で使われる。上で問題になっているのは後者のほうなのだが、若い頃に考えていたことの後遺症か何か知らないが、理由というとどうしても意図的なニュアンスを感じてしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;むかし考えていたことというのは、生物の進化に関する話。&lt;br /&gt;例えば世界には&lt;a href="http://j.mp/c5Xn57"&gt;変わった姿形をした生物&lt;/a&gt;がいるが、彼らはどうしてそういう形になったんだろう？&lt;br /&gt;「アリクイの鼻が長いのは何で？」と聞かれたら「アリを食べるのに便利だから」と説明する人は結構いると思うが、アリクイ自身がそう思って鼻を伸ばしたわけではない。「アリを食べるのに便利なように進化したから」と説明しても、「何で他のエサではなく"アリ"がターゲットなのか？」と聞き返されたとき困るだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;アリクイの祖先がいて、突然変異によって何種類かの子孫に分岐したとしよう。&lt;br /&gt;その１つがアリクイで、理由もなく鼻が長くて先が細かった。それはアリを食べるのに適していて&lt;br /&gt;アリは栄養価が高くてどこにでもたくさんいたのでアリクイは生き残ることができた。&lt;br /&gt;仮にそうだとすると、アリクイの鼻が長い理由は、単に彼らの生態圏で生き残ることができる姿形のレパートリーに「鼻が長い、アリクイのような姿形」が含まれていただけということになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、上の理由と、「アリを食べるのに便利だから」という説明はどれくらい違うだろうか？&lt;br /&gt;一見して、アリクイのような姿形が生き残りやすいために生き残ったというのなら、その姿形が生き残りやすかった理由はアリを食べやすいことなのだから、「アリを食べるのに便利だから」と言っても問題なさそうに思える。&lt;br /&gt;※そしてこれが自分なりの結論なのだが、反論も思い浮かぶ。以下、それに対する自問自答。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;でも、質問は「アリクイの鼻が長いのは何で？」だった。この意味が「いま目の前にいるアリクイの鼻が長いのは何で？」であれば、その答えは「そのような遺伝情報をもって生まれてきて、なおかつ無事に育ったから」となり、「何でそんな風に進化したの？」であれば「たまたま」というしかない。&lt;br /&gt;なぜなら、その姿形が生き残りやすいかどうかは長い時間テストしてみなければ分からないからだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;先祖からアリクイが分岐した時点で既にその鼻は長い。この理由と、現代のこの日にアリクイの鼻が長い理由は同じであると仮定しよう。すると、前者の時点ではその姿形が生き残りやすいかどうかなんて分からないのだから、アリクイの鼻が長い理由は「アリを食べるのに便利だから」ではありえない。分岐がランダムな突然変異で起こるのであれば、その時点でアリクイがアリクイの姿形をしているのは「たまたま」だ。よって後者の時点でも理由は同様である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;というわけで「自分なりの結論」が否定されてしまった。しかし上で仮定したことは生産的な議論を生まないので棄却するべきと思う。前者の時点でアリクイの鼻が長い理由はたまたまであるというのは確かにその通りだが、後者の時点でも同じことしか言えないとすれば、それは質問を好意的に解釈する気も、アリクイが長い時間にわたって生存してきた事実を考察の材料に加える気もないということだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そこで質問の解釈を変えてみよう。「アリクイの鼻が長いのは何で？」→「アリクイの長期間に渡る生存に役立ってきた重要な環境要因がいくつか考えられるとして、特にその中で、鼻が長いことに関連するものは何か？」とする。こうすれば答えは明確に決まる。つまり、「長い鼻で食べやすいアリという生物がまわりにウヨウヨしていた」ということである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ここでもう一度注意を。上の答えは「アリクイの鼻が長い理由」ではなく、「鼻が長いアリクイが生き残ってこれた理由」である。実際、アリクイのまわりに大きいネズミしかいなかったら彼らは絶滅していただろうし、長期間に渡ってアリが彼らのまわりに居続けることなど全く保証されていなかった。アリを食べるために進化したのではなく、進化したらアリを食べざるを得なかったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私たちは、アリクイの鼻が長い理由を聞かれたらまず解釈変換を行って「長い鼻で食べやすいアリという生物がまわりにウヨウヨしていたこと」という回答を導き、さらに再変換を行って「アリを食べるのに便利だから」と答えている。一般に、質問者はなるべく解釈変換が少なくて済む発話をしなければならないが、回答者もある程度は解釈変換の努力をする必要がある。逆に言えば、多くの解釈変換が必要な発話を許すのなら、テキトーな回答も許されなければ不公平である。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※回答に変換をかけているのだから、テキトーな回答をするほうが面倒くさいのではないかというツッコミがあるかもしれないが、それは違う。テキトーじゃない回答をするのには、まず質問の解釈をどのように変えたのかから説明する必要があるからだ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-5919942919135273612?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/5919942919135273612/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/07/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/5919942919135273612'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/5919942919135273612'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/07/blog-post.html' title='理由という言葉の少し変わった使い方'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-8326381857941026560</id><published>2010-06-28T11:15:00.000+09:00</published><updated>2010-06-28T11:15:39.865+09:00</updated><title type='text'>３月のライオン</title><content type='html'>&lt;br&gt;&lt;br /&gt;実家に帰ったら３月のライオンがあったので嬉々として読んだ。&lt;br /&gt;これだけでも帰った甲斐があったというもの（自分で買って読むのとはワケが違います）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;んー、将棋の漫画とは聞いてたけど基本は少女漫画なんでしょ？と思ってたが、これはちゃんとした将棋の漫画ですな。&lt;br /&gt;むしろプロ棋士同士の心の動きとか生活感をこれくらい現実的に描いた漫画って今までなかった気がする。&lt;br /&gt;それに加えて、プライベートにおいて複雑な事情をかかえた登場人物が多いこと、彼らの偶奇的な出会いによって始まっていく交流、香子と主人公のやや背徳的な関係、二階堂との（一方的）ライバル関係、ヒナちゃんと高橋くんとの普通に少女漫画的な恋愛模様などが自然に展開されていて楽しみが多い。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;二階堂は将棋関係者なら誰でも、先崎の解説を読む前に故・村山聖９段がモデルであると分かる。&lt;br /&gt;実際の村山はもっと人間的な葛藤に溢れていて終盤の強さは二階堂レベルじゃなく、&lt;br /&gt;体の具合だってもっと悪かったはずだけど、それでも二階堂は村山を取り入れたことで魅力的なキャラクラーになっている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;村山は自分の病気が重いことを知っていて、なおかつ名人になるという目標を持っていたので、いい意味で将棋の上達に関して「のんびりする」ことを知らなかった。他のプロ棋士が将棋に対して怠慢になっているのを見ると許せなかったのは、怠慢さを自分に投影した場合に「こんなことじゃいかん」と思うのもあったかもしれないし、自分には時間がないのにおまえらにはあるという嫉妬もあったかもしれない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;いずれにしても二階堂が主人公の将棋を大盤解説していて「ほんとうに勝ちたいなら粘れ！もっと自分の将棋を大切にしてくれ」と言った時、もし村山のエピソードを知っている人が単行本の２巻を見たら、他人事を他人事と思わない村山の姿が二階堂にダブって見えただろう。それでも二階堂は決して可哀想キャラではなく、気遣いができてお金持ちの御曹司で絵を書くのがうまく三姉妹の末っ子にはトトロ扱いされている。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;今までの将棋漫画だと、勝負事としての破壊性ばかりを極端にピックアップ・拡大していたような気がする。でも、例えばもともと温かい日常風景である料理の世界をミスター味っ子のようにピックアップすることはギャグになりえても、一部の人しか知らない世界をどう加工してみせたところで、一般の読者はそれが「加工されたものである」とすら気付けない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;とはいえ簡潔かつ正確に伝えられない特殊な事情はもちろんあるので、そういうのを可愛さで覆い隠しながら徐々に慣れさせようとしているところが少女漫画作家の面目躍如といった感じで感心する。特にプロ棋士にとって、３月のライオンは有り難い作品なんじゃないかと思う。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-8326381857941026560?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/8326381857941026560/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/06/blog-post_28.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/8326381857941026560'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/8326381857941026560'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/06/blog-post_28.html' title='３月のライオン'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-9164945893500919468</id><published>2010-06-21T00:55:00.000+09:00</published><updated>2010-06-21T00:55:18.438+09:00</updated><title type='text'>『ルポ　最底辺 - 不安定就労と野宿 -』を読んで（１）</title><content type='html'>&lt;br&gt;&lt;br /&gt;ちくま新書、生田武志著、2007/8/10 発行。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「おわりに」より：&lt;br /&gt;&lt;blockquote&gt;藤本さんが亡くなって１週間たち、釜ヶ崎の運動団体によって橋の上で最後の追悼行事が行われた。&lt;br /&gt;その最後に献花が用意され、通りかかった人などたくさんの人達が藤本さんのために花を投げていった。&lt;br /&gt;ただ、ぼくは川に投げられるたくさんの花を見ながら、「死んでから花を投げても遅いんだよなぁ」と思わずにはいられなかった。&lt;br /&gt;〜中略〜&lt;br /&gt;しかし、だとすればその自分が、次々と殺されていく人たちがいる中で何もしないでいるのは何故なのか。&lt;br /&gt;事実、野宿者襲撃事件は次々と起こり続けている。そして、若者の襲撃で殺されなくても、&lt;br /&gt;日雇い労働者や野宿者は仕事がないというだけの理由で現実に次々と死んでいる。&lt;br /&gt;しかもそれは社会的に黙殺され、放置され続けている。そのたびに、明日、あさってとまた橋から路上から公園から花を投げるのか。&lt;br /&gt;&lt;/blockquote&gt;&lt;br /&gt;大阪市西成区にある日雇い労働者の街「釜ヶ崎」は、１９８６年（著者が２１歳で初めて釜ヶ崎を訪れた当時）から２００７年現在にいたるまで、２万５千人の日雇い労働者と１万人以上の住民がすむ「日本最高の人口密度の街」である。かつて日本の４大寄せ場と言われた地域があったが、現在も寄せ場として機能しているのは釜ヶ崎だけである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;２００７年４月６日に発表された厚生労働省の「ホームレスの実態に関する全国調査報告書」によると日本のホームレス数は１万８５６４人、２００３年より２６．６％減少した。厚生労働省は「景気の回復により・・・全体の人数が減ったと見られる」とコメントしたが、著者によれば、野宿の減少は主に「高齢化」による生活保護の増加によって起こされていた。また行政による公園からの追い出しが進んだことや、ネットカフェ難民等の増加によって調査に反映されにくい生活形態になってきているという。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;『最底辺』を読んで印象に残ることは３つあり、１つは不安定就労とホームレスという社会現象自体の問題、１つは２極化していると言われる社会の中でどちらに転ぶか決定される気まぐれなメカニズムの問題、１つは先の抜粋にもあるように、「だとすればその自分が、次々と殺されていく人たちがいる中で何もしないでいるのは何故なのか」という問題。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;１つ目はまさに『最底辺』が扱っている内容そのものなので特には触れない。とりあえずこのエントリーでは２つ目について書いてみる。この問題は第６章のイス取りゲームの比喩でも述べられているように、野宿者自業自得論に関するものである。これは努力が足りなかったから失業して野宿になったんだとか正社員になれなかったんだという主張だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この主張が正しくないのは当たり前だが、つい取り憑かれてしまいがちな考えとも言える。言い換えてみればよく分かる。世の中には声を大にして野宿者自業自得論を唱える人はそんなにいないが、一般に成功者と言われる人の中には「自分は努力したから成功したんだ」という人は結構いる。自分を褒めるか他人をけなすかの違いがあるだけで、中身は一緒だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;第６章あたりを読んで再認識するのは、（自分を褒めている）この主張は、当人がいかに運がいい環境にいるか（これまで居続けてきたか）をあまりにも無視しすぎているということだ。口には出さなくても、そういう人は大なり小なり野宿者自業自得論主義者である。もちろん本当にサボリ症の人もいるだろう。でも同じくらいサボリ症の人が富裕層の中にいないとは全く言えない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この本にもあるように、何事もパイの分け前は限られているのである。仮に能力もやる気も同じ人間が２人いたとして、１つの椅子を巡って椅子取りゲームをしたら、（同じだけの努力をするにも関わらず）確実に１人は負ける。そして勝った事実が好循環を生んで努力が報われる流れを作り、負けた事実が悪循環を生んで努力が報われない流れを作る。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そもそも、パイをとるのに有利な条件は当人が生まれた家庭環境によってその大半が決まっている。両親（とその収入）が決まり、遺伝子と（言語や法を含めた広い意味での）生活環境が決まり、通う学校の候補が絞り込まれ、友達の候補が絞り込まれる。そうした巨大な基盤の上に築かれた自分が「最初から自らの力で存在する」ものと考え、その自分が努力するのは自分に気概があるからだという。冗談じゃない、「気概がある自分」に育ったその道筋を与えられれば大半の人は努力できる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間の一生は精子と卵子の相互作用から始まって、生まれてからは外部環境との相互作用が延々と続いていく。今あなたの目の前にいるあの人が何やら動き回り何事かしゃべっているのだって、外部環境との相互作用に過ぎない。その言動が気にくわないからといって彼が悪いわけじゃない。もしあなたが彼と同じ人生経験を経て現在の彼と同じ環境におかれたら、違う言動をする自信はないだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;もちろん、個別の言動に対して「彼が悪い」と言う事はできるが、あなたにとって気にくわないことをたくさん言う傾向自体は必ずしも彼の意思で自由になるものではない。だから、あなたが自分の「特定の分野でよく失敗をする傾向」を指して「これは私のこれまでの生活環境のせいなのです」と言うこともある意味で正しい。&lt;br /&gt;（※自分で自分の傾向を見抜いているならそれは避けられるはずだから、実際上はこの論法の対象に自分は含まれない。しかし不適材不適所にもかかわらず命令で仕事をやらされているような場合には自分に対しても正論になりうるだろう）&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;他人をこのような視点で見ることができない人は、その人の傾向を「意図的な行為の集合」として受け取ってしまう。傾向が気にくわないものであれば、「生理的に受け付けない」という拡大解釈によって拒絶を正当化する。一方、傾向が気に召すものであれば、その人がどうやってその傾向を身につけたかというプロセスに目を向けず盲目的に崇拝あるいは信用し、たまに期待を裏切られた折には反作用でひどく衝撃を受ける。どちらにしろ迷惑な話だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私たちは理由もなく上手くいくこともあれば、その逆もある。少なくとも、上手くいく理由や上手くいかない理由を説明することはとても難しくて、実際上不可能と言っていいケースだって（私たちの想像を遥かに超えて）ありふれているだろう。&lt;br /&gt;もし自分が成功者だと思ったら、的はずれな成功の法則発見なんかしている暇にその境遇に感謝してみたらどうかと思う。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-9164945893500919468?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/9164945893500919468/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/06/blog-post_21.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/9164945893500919468'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/9164945893500919468'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/06/blog-post_21.html' title='『ルポ　最底辺 - 不安定就労と野宿 -』を読んで（１）'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-3847930472265738127</id><published>2010-06-09T00:57:00.002+09:00</published><updated>2010-06-09T01:01:01.980+09:00</updated><title type='text'>判断より認知　〜自動車学校での話から〜</title><content type='html'>なぜか分からないが久しぶりに自動車学校のエピソードを思い出した。&lt;br /&gt;僕は兵庫県の三田自動車学校で免許をとったのだが、そこでの講義で印象深いものがある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※ちなみに三田自動車学校は略称をSAS（Sanda Automobile School）といい、教習車の側面にはでかでかとその文字が書かれていた。一方、睡眠時無呼吸症候群のこともSASという（Sleep Apnea Syndrome）。なのでSASという名前はカッコ悪いなぁと思っていた。他にもスカンジナビア航空とかイギリス陸軍とかSerial Attached SCSIなど全てSASといい、かぶりまくりである。どうでもいい話だが。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;で、ある講義で教官が「認知と判断ではどちらが大切でしょう？」と生徒に質問したところ、&lt;br /&gt;まず「認知だと思う人？」に対して手を上げた人はほんの数人しかいなかったことにびっくりしたのだ。&lt;br /&gt;これはつまり、何かアクシデントなりインシデントなりが起こってそれに対処しようとする場合、&lt;br /&gt;どうすべきか判断するのと、インシデントを認知するのとどっちが大事か？という質問なのだが、&lt;br /&gt;大半の人は「判断する」ほうが大事と答えた。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私たちドライバーは、若い人のほうが交通事故を起こしやすいことを知っている。&lt;br /&gt;でもその理由を求められた時、年をとったほうが判断力が向上するからだと、つい説明しがちではないだろうか？免許を持っている人はもはや、判断より認知のほうが重要であることを知っているにもかかわらず。このことは、私たちは年をとって運転がうまくなってもなお、自分がそのようにうまく運転できる理由を意識していないことを示していると考えられる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;僕が自分自身の中をのぞいてみたところによれば、年をとって運転がうまくなるのは判断力より認知力の向上が圧倒的に寄与していると思う。なぜなら、現実的に起こりやすいどのようなインシデントに対しても、有力な解答がそんなに多くあるわけではなく、その解答を見つけることは若いドライバーでも十分可能であるからだ。そうでなければ免許など与えてはいけない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;同一のインシデントであっても、事故を起こしにくいドライバーにとってはそれが重要なインシデントでありえ、事故を起こしやすいドライバーにとってはインシデントとして認識されすらしないということがありうるだろう。誰の目にも明らかな、アクシデントに発展しそうなインシデントであればそんなことはないが、一見無視して問題なさそうなものほど認知力がものをいう。つまり、問題を与えればドライバーなら誰でも解けるが、目の前で起こっている何事かを問題と思うか思わないかは判断力によっては決められないということだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私たちは、分かってるんだけどついやってしまう、あるいはやるべきなのに放っておいてしまうことがある。分かってるのに思い通りにできないのは何とも不思議だし、その不思議さを何回経験しても全く堪えない神経の太さはさらに不思議だ。その理由の１つには、分かっている時と、思い通りにできないでいる時が異なるということがあるだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例えば何か悪い習慣をやめようとしていて、ついそれをやってしまったとする。この場合、それをやってしまったまさにその時には、それが自分にとって重要なインシデントであるという認知ができていなかったのである。一方、やめようとしていながらなかなかやめられない自分を後から振り返って意識した時には、確かに「それをやめるべきである」ことを「分かって」いるだろう。前者では「まさにその時」しか認知すべきタイミングがなかったのに対して、後から振り返ることは「まさにその時」以外であればいつだってできる。よって、だいたいの時間において自分は「分かって」いるのだと思い込んでしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、分かっているべきタイミングは「まさにその時、以外」ではなく「まさにその時」であることは明白であって、そうでなければ分かっていても大した意味はない。重要なインシデントを重要なインシデントとして認知し意識にのぼらせることがまず重要で（そしてこれは意識的には行えない！）、次にそのインシデントを「まさにその時」処理できるのが上手なドライバーである。こういったことを判断力によって行えると考える人間の性向が、あの日の生徒たちの回答になって現れていたのかなぁと、そんなことを考えた。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-3847930472265738127?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/3847930472265738127/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/06/blog-post_09.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3847930472265738127'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/3847930472265738127'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/06/blog-post_09.html' title='判断より認知　〜自動車学校での話から〜'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-8260848281943077312</id><published>2010-06-06T01:38:00.000+09:00</published><updated>2010-06-06T01:38:36.846+09:00</updated><title type='text'>女性に関する疑問が昔より少し氷解してきた件</title><content type='html'>&lt;br&gt;&lt;br /&gt;読売新聞で連載している漫画「あたしんち」にすごく共感できるシーンがあって、それがずっと頭に残っている。主人公であるみかんの父と母が２人で旅行にいき、電車の中で母が「あれいる？これ飲む？」などと父をかまっているうちに父が(YesかNoで答えられないような質問に対しても)「う・・・」しか言わなくなってしまうというものだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これはなかなか、女性には理解できないだろう。う・・・しか言わなくなるのは極端としても、女性が男性を相手に選び２人で話していたらだいたいのケースでは女性の口数のほうが多くなり男性は最終的に聞き役にまわり、そのうちイライラしてきてよく分からないところにツッコミを入れだし何故かしょうもないケンカに発展することは世間的にありふれているだろう。いずれにしても、話し言葉をインプットする時の許容量は女性より男性のほうが格段に劣っていると思えてならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そしてもちろん、少なくとも話し言葉に関してはインプットだけでなくアウトプットも女性のほうが優れているように感じる。そのあたりに興味があって、ガールズトーク（以下GT)の研究をしてみた。その定義からいって、GTの現場に男である僕が居合わせることはできないので、グータンヌーボその他のテレビ番組を参考にすることになる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;GTを見ていてまず思うのは、「よくしゃべるなー」とか「よくこんな簡単に知らない人同士が仲良くなるね」とか「また恋バナか」とかいったことだ。それぞれについて補足していえば、「よく続くなー」「年が離れてても打ち解けられるのがすごい」「あんたがたそんなに情報交換しておきながらどうしてそんなに恋愛を失敗する？」などというのもある。しかし総じていえば、すごい。情報処理の能力がハンパないとしか思えない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;女性は一体、世界のことをどれくらい正確に認識しているのだろう？というのは昔からの疑問だった。言語を操る能力や、実際の会話の場で表情やイントネーションを瞬時に読み取って無難な流れにもっていく能力、そういったものはどう贔屓目にみても男性より優れていて、かたや男はというと、空間認知が優れているとかいったってそれがどうしたという感じだし、体力面以外で何かアドバンテージがあるとすれば「（現実的か否かに関わらず）特定の一方向に問題解決する執念」ぐらいしか思い浮かばない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;女性に対して感じる圧倒的な能力にもかかわらず、しかしいまいち、その能力差ほどには女性の世界認知が優れていると感じないのは何故か？つまり、第３補足でもあげたように、女性だって男性並みに失敗をするのだとすればそれは何故か？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ちょっと話は変わって、最近哲学書を読んでいて思うことがあった。哲学というのは、普通の人から見れば当たり前のことを根掘り葉掘り疑って事細かく分解し１つ１つ亀の歩みのような遅さでゆっくりと妥当性を確認していく。例えば、ものが見えるのは何故か？と問えば、普通の人は「目に光が入るから」と言うかもしれない。でも哲学者にいわせれば、「目と同じ仕組みの機械があったとして、それに光が入ったらその機械はものが見えているといえるか？」という具合だ。言われてみれば不思議なところはある。それでも普通の人は、解決しなくても生活するのに困らない疑問に立ち止まったりはしない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;哲学者というのは、普通の人が直感的に分かることが分からないがゆえに考えるのだと言った人がいる。別の例でいえば、経営の意思決定をするのに直感的な決定を下す名人がいたとして、その人は実際にその決定を「直感的に」行うことを躊躇ったりはしない。常人があれこれ市場分析して数値を比較してやっと出すことのできる結論を、名人は直感的に導きだす。考えるのは確信がないためである（逆にいうと、考えたければ普段確信していることを疑わなければいけない）。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間は、意識しなくても高度なことをやってのける。だからこそ、「なぜ人間はこんなことができるのか？」という問に答えるのが難しいのだ。ごく基本的な人間の生存機能に関してさえそうなのだから、芸術などの高次技能についてはなおのことだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さて、このことが、「女性に対して感じる圧倒的な能力にもかかわらず、しかしいまいち、その能力差ほどには女性の世界認知が優れていると感じないのは何故か？」という先の疑問に答えるのに役立つのではないか。つまり、いかに技能が優れていても（高次技能であればなおさら）、それ自体の成り立ちや応用範囲まで考えが及んでいるとは限らないということだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;GTを行う彼女らにとっては、それが周囲の女性との関係を円満に保つ単なる手段であり、あるいは純粋に話すこと自体が楽しみであり、何故自分が男性よりうまく話せるかなんてどうでもいいことなのだ。&lt;br /&gt;それはゲームに熱中する男が、なぜ自分がゲームをうまくできるか気にしないのと変わらない。少なくとも僕が女性に関して感じていた謎の大ギャップの一部は、そう思うことで解決した。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-8260848281943077312?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/8260848281943077312/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/06/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/8260848281943077312'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/8260848281943077312'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/06/blog-post.html' title='女性に関する疑問が昔より少し氷解してきた件'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-5628641373060780660</id><published>2010-05-28T23:14:00.003+09:00</published><updated>2010-05-29T19:15:57.963+09:00</updated><title type='text'>ねづっちボット：現在の機能</title><content type='html'>&lt;h3&gt;お題をだしてもらってなぞかけ（？）をする&lt;/h3&gt;&lt;br /&gt;&lt;b&gt;「＠nezucchi_bot 競馬」&lt;/b&gt;などとお題を出す。&lt;br /&gt;※単語じゃなく短い文章でも可。ツイッター検索で結果がでそうなら。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;するとこんなリプライが届く。※１０分以内に。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;b&gt;ととのいました！ 競馬 とかけまして 欧州財政不安継続 とときます、その心は次のツイートで！(ATM：83％)&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次のツイートはリプライでは届かない。ねづっちボットをフォローして、さっき届いたリプライの次にあるツイート（公式RT）を見よう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;b&gt;ユーロ急落、8年半ぶり安値。世界株安連鎖。ダウ1万ドル割れ。欧州財政不安継続。長期投資家もユーロに見切り？いよいよ、今週末の競馬は、負けられない。土曜日に勝ちを確定させ、日曜日は東京競馬場で、史上最強メンバーの日本ダービーを生で観戦し、目黒記念で転がしたい。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「競馬と欧州不安にどんな関係があるんじゃい、と思ったが、なるほどそういうことだったのか」というのがねづっちボットの楽しみ方。ちなみにリプライ末尾に&lt;b&gt;ATM：83％とあるのは、&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「あなたが選んだお題はどれくらいツイッターのトレンドにマッチしているか指数」の略。&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;お題でツイッター検索をした結果がたくさんあり、それらのツイートの中身がちゃんとしており（URLやハッシュタグやRTだらけでなく色々な品詞をバランスよく使って自分の言葉で語られている）・・・といったいくつかの条件から算出される。目指せ100%超え！&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;h3&gt;誰にも相手してもらえないと自分でなぞかけをする&lt;/h3&gt;&lt;br /&gt;はてなキーワードからお題を取得。&lt;br /&gt;&lt;b&gt;ととのいました！ カンヌ国際映画祭 とかけまして 著名映画監督ジャファル とときます、その心は次のツイートで！ (＊カンヌ国際映画祭 got by: http://bit.ly/ciN5Fc ) 自己採点：80点&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;このように英語になることも。つぶやくのは毎時3分（１時間に１回）。&lt;br /&gt;&lt;b&gt;I riddle！Why is "Google Chrome" like "erschienen" ? The reason comes in next tweet ! (＊Google Chrome got by: http://bit.ly/cXCqmz ) score：46&lt;/b&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;※ATM、自己採点、scoreは同じ指標。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;参照：&lt;br /&gt;&lt;a href="http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post.html"&gt;ねづっちボットを作ることになった経緯と簡単な仕様説明&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-5628641373060780660?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/5628641373060780660/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post_28.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/5628641373060780660'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/5628641373060780660'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post_28.html' title='ねづっちボット：現在の機能'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-671696698948790853</id><published>2010-05-26T00:22:00.000+09:00</published><updated>2010-05-26T00:22:02.464+09:00</updated><title type='text'>別のねずっちボット</title><content type='html'>&lt;br&gt;&lt;br /&gt;３日くらい前、まおらんちという人達に声をかけられた。なんでも、ねずっちボットを作ろうとしていたらすぴー製ねずっちボットを見つけてしまったらしい。&lt;a href="http://twitter.com/niwawan/statuses/14429151607"&gt;ログ&lt;/a&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;で、&lt;a href="http://twitter.com/maoranchibot"&gt;これ&lt;/a&gt;がまおらんち製ねずっちボット。優劣を言うつもりは毛頭ないが、全く違った作りであることは確かなので良い比較対象ができた。まず第一に、ま製はなぞかけという実際の行為を忠実に再現しようとしていることが分かる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;例をひいてみよう。「東京」とかけて、「予定」と説きます。その心は、どちらも「かんこう(観光と刊行)」。これはつまり、東京観光と刊行予定という言葉があって、両方にかんこうという読みが共通して含まれているということだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次の例。「終電」とかけて、「土星」と説きます。その心は、どちらも「じこく(時刻と二黒)」。二黒土星(じこくどせい)とは、暦、占いに用いられる九星の一つ。このことを知っていれば意味が分かる。ざっとま製なぞかけを見渡すと、土星と二黒のように、すぐには関連性が分からないものも多い。このへんが課題か。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;この発展形を考えるため、自分で作ったなぞかけから例をひく。&lt;br /&gt;厚み　とかけまして　やり遂げる人　とときます、その心は　どちらも意思（石）が強い。&lt;br /&gt;厚みは囲碁の用語で、石が強いことを指す。やり遂げる人は意思が強いというのも、結局同じ意味のことを別の表現で言い換えている。A（厚み）もB（やり遂げる人）も、C（いしがつよい）という共通表現で言い換えることができますよ、というのがこのなぞかけである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これを考える時の人間の（というか僕の）思考は、石が強い＝厚み　をまず思い浮かべる。次に「いしがつよい」を何か別の表現で言い換えられないかなと考え、「やり遂げる人」に辿り着く。もう少し詳しくいうと、「いし」はなぞかけに適した語だという認識が予め存在し、これを用いていてなおかつ言い換えが利きそうな文章として「いしが強い」を思い浮かべる。いしを「石」とした場合には「厚み」と言い換えられ、「意思」とした場合には「やり遂げる人」に言い換えられるが、もちろん一発で「いしが強い」を探し当てられるわけではもちろんなく、要は２通りに言い換え可能な表現につきあたるまで探索を繰り返す。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;さらに詳しくみよう。まず、このなぞかけを作った時の状況では、お題は自分で自由にだすことができた。だから、「いし」のような特定のものを「自分の中の、なぞかけに適した語データベース」から適当に引っ張り出し、２通りに言い換え可能にするためには「いし」にどんな語をつなげればいいかを色々ためす。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;では、お題を自分で選べない時（ねずっちのようにお客さんに出題される場合など）はどうか。&lt;br /&gt;仮に「厚み」と出題されたとする。まずは厚みという語はどんな表現で言い換え可能なのか考える必要があるだろう。しかも言い換えられた表現の中に「なぞかけに適した語」がなければならない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ということは、「なぞかけに適した語」それぞれと「厚み」という語の関連度を調べればいいのかもしれない。ウェブ検索によって「いし」と「厚み」は関連度が高いと判定されれば、あとはこの「いし」を起点に先ほど（お題を自分で出した時）と同様に２通り言い換え可能表現を探索する。ただしこの場合は片方の言い換えに制約条件がある。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;次に、す製を検証してみよう。例をひく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;「桃屋 とかけまして 「鹿角らーゆ」 とときます、その心は次のツイートで！ &lt;br /&gt;RT 昨日「鹿角らーゆ」という食べるラー油の類似品食べた。かなり微妙。本家桃屋のは食べたことないけど、ぐーぐる先生曰く似たような味ということなので、食べるラー油ってこんなものなんだなあと思った。」&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;RT以下全体がこのなぞかけの心だ、意味は自分で読みとけ、と突き放しているのが良くも悪くもこのボットの特徴だ。もちろんこのパターンはあってもよいが、発展形を考えるならば、やはりもっと色々なパターンのなぞかけができるといいだろう。で、とりあえず何故現状す製はこのパターンを採用しているかといえば、ボットの制作難易度とユーザから見た時の面白さのバランスを図った、ということである。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そもそもなぞかけは、面白いものを作ろうと思ったら人間がやっても難しい。なので、面白くするためには人間のツイートを利用するのが手っ取り早いのだ。AとかけてBととく・・・その心がうまくなくても、AとBが登場するCというツイートが見えれば、ボットの心の動き（CのどこからAやBをひろったか、他の語をさしおいてBが選ばれたのは何故か）やC自体の面白さを楽しむことができる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そういうわけで、ねずっちボットの制作には大きく２つの意味があると思う。１つは「生きた言語空間における自然言語の取り扱い技術、学習技術の習得」。もう１つは「面白さの追求」。どういうなぞかけに対して人間が面白いと思うのか、そのあたりを、実際に面白いなぞかけとつまらないなぞかけを並べてみて比較・分析したり、ま製パターン・す製パターン他にどのようなパターンがなぞかけの範囲の中で考えられるか検討したり。単なるOAuthの練習として始めた課題にしては意外に奥が深い。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-671696698948790853?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/671696698948790853/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post_26.html#comment-form' title='4 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/671696698948790853'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/671696698948790853'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post_26.html' title='別のねずっちボット'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>4</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-7386207364822197635</id><published>2010-05-22T22:09:00.000+09:00</published><updated>2010-05-22T22:09:24.330+09:00</updated><title type='text'>オフライン環境の大切さ</title><content type='html'>&lt;br&gt;&lt;br /&gt;学生時代はAUを持ったりツーカーを持ったりしていたが、社会人になってからiPhoneを持つまではずっとwillcomのPHSを使っていた。willcomPHSのフルブラウザなんて使えたもんじゃないので、外にいる時はオフラインも同然だ。ところがiPhoneを持ってからというもの、いつでもどこでもオンラインになった。ツイッターやbrightkiteを始めたし、ブラウザだけじゃなくネットを利用する便利なアプリが山ほどあり、しかも本を読むよりラクなので、例えば喫茶店で腰を下ろしたら何となくiPhoneを取り出しいじってしまう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;これはよろしくないと思った。オフラインであれば何か考えたい時には考え、疲れている時には本を読み、それさえ気が進まない時にはボーっとして頭と目を休められたものを、全く有意義とはいえない（しかも目も頭も休まらない）作業を常にしなければならない。月額固定の通信料を払っている状態ではたくさん使ったほうがトクだという考えがそうさせる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;効率から考えれば、ネットを使うべき作業は3G＋モバイル機器ではなくwifi環境＋PCで行ったほうがいい。外にいるときのちょっとした時間でネット作業ができるからといって非効率な時間の使い方をしていたら、考える時間を省いたツケがさらなる効率の低下を招くだろう。気が散るものが周囲にあっては、人間考えないのだ。だから書斎にPCは置かないほうがいいし、置いたとしてもネットにつなぐべきではないと思う。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;そういうわけでiPhoneは解約して、並行して使っていたPHSはwindows-mobile6.5の機種（hybrid-w03,以下灰鰤）に変更することにした。これは本体代金は高いが、無線LANのアクセスポイントになる機能を持つ。無線LANといってもPHS回線なので（本当は３G回線も選べる。それがhybridの意味なのだが、PHS回線だけ使う分には通信料が全くかからない）通信速度は遅いし、例えばiPhoneからその無線LANにつなぐのにいくつか操作を要するので解約前のiPhoneに比べたら不便なのだが、オフライン環境が重要という考え方からするとこれで十分だ。不便であるからこそ、よっぽどの理由がある時でなければネットにつないだりしない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;最近は &lt;a href="http://j.mp/c4yLOo"&gt;SIMフリーのpocket-wifi&lt;/a&gt; のような、無線LANに対応したあらゆる機器をいつでもどこでもオンラインにするための商品がでてきている。そもそも公衆無線LANのエリア自体がどんどん広くなっているのだから、長い目で見れば人間の生活圏全体がオンラインになってしまうのかもしれない。ノイズに気を散らさずにすむ空間を構築する必要性はこれからますます重要になってくるだろう。それが書斎のような実体なのか、自己コントロールの精神的技術のようなものなのかは分からないが。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-7386207364822197635?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/7386207364822197635/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post_22.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/7386207364822197635'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/7386207364822197635'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post_22.html' title='オフライン環境の大切さ'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-651707931403217510</id><published>2010-05-18T00:27:00.000+09:00</published><updated>2010-05-18T00:27:46.987+09:00</updated><title type='text'>健康について</title><content type='html'>今日、５月１７日は日本高血圧学会などが定めた「高血圧の日」。昨年２月に高血圧のため脳出血で倒れ、同５月に復帰した漫才コンビ「宮川大輔・花子」の宮川大輔さん（５７歳）は花子さんとともに、高血圧の日キャンペーン「腕をまくろう、ニッポン！」で高血圧の怖さと脳卒中予防の重要さの啓発に当たっている。&lt;br /&gt;08/5/13　上毛新聞記事より&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;僕は時々疑問に思うんだが、普段健康に気をつけていない人が病に倒れ、そこで初めて健康の大切さに気づいて生活習慣の改善を始めるパターンがあまりにも多すぎる。リスクを避けるため好きなものを食べずに我慢して人生の楽しみを減じるなんてナンセンス、と言っていた人が病気になったとたんそれをやめるなんてのは、要するに想像力や覚悟が足りなかったのだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間の体は、常識に照らして考えれば明らかによろしくない生活習慣を続けても、そうすぐに病気になることはない。そこが健康問題の難しいところで、「今までこういう生活を続けてきたのに大丈夫だったんだから、これからも大丈夫だろう」という訳の分からない帰納的推論を言い訳に使って自分や家族をだます。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;しかし、その考えがまるでダメなことは統計が十分すぎるほど示している。論理が示すのではない。健康問題の意思決定は論理的にやってはダメなのだ。例えば、手洗いやうがいが有効であることを論理的に説明することはできないし素早く実感することさえ難しい。だから私たちはそれを子供の頃からの習慣にしてしまっているわけだ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;大輔の食生活はあきらかに異常で、それは花子も分かっていたはずだ。しかし大輔は注意されても、大丈夫大丈夫と主張しただろう。あるいはテキトーな態度でかわしただろう。そこで花子が「根本的な生活改善をせよ」と追求できないのは、まさに健康問題の非論理性にある。つまり「今のままの生活を続けていたら間違いなく病気になる」ということを断言できないがために自信を持っていい返せない。自信をもてるのは大輔が病気になった後だ。これでいいのか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;手洗いを習慣にするのなら、常識的によくない生活習慣は機械的に排除する習慣をつけるべきだ。また、家族のよくない生活習慣についてお互いに言い合う場をつくることも有意義だろう。はっきりいって、自己責任の名のもとに完全な自由を個人に与えることは意味のあることと考えられない。健康についていえば、何を食べようと皆さんの自由ですよといっておきながら医療費削減の問題に苦しむのはおかしい、それくらいなら初めから完全な自由でなく生活習慣ガイドラインの強い推奨を行うべきだ。自由とセットになる概念は禁止だけではない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;現代の日本はどんな人格についても、そういう人もいるよねーで片付けてしまう傾向にある。だから差別意識は減ったのかもしれないが、かわりにぶつからなくなった。自分の生活習慣を、広く言えば考え方を、否定されない。しかし、立脚点を明らかにしさえすれば、どんな意見でも否定のしようはあるし肯定のしようもあるのだ。意見Aに対してポジションBから見れば反対意見Cが主張でき、ポジションCから見れば肯定意見Dが主張できる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;逆にいうと意見Aとは「ポジションBから見れば反対意見Cが主張でき、ポジションCから見れば肯定意見Dが主張できる」ような意見である。Aさんが意見Aを言い、もし二人から意見Cと意見Dが返ってきたなら、彼は自分の意見が３人の中でどういう位置関係にあるのか掴むことができる。「Aさんは意見Aを持ってる人なんだよ。そういう人もいるよねー」で済ませていたら、それは不可能だ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;健康に気をつけろというと、健康オタクに話が及ぶことがある。健康に気をつけて気をつけて、そればっかりに意識を振り向けて一生を終えるのはクォリティオブライフとしてどうなのかと。もちろん、健康的な生活をすることが「生まれつき」苦痛ならそれは問題だ。でもそんな人大勢いるだろうか？だいたいが、今の怠惰な生活を正当化するための言い訳にしか見えない。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;私たちは基本的に、好みをコントロールするべきである。好きなものを我慢するくらいなら・・・というとき、不幸なのはその不健康なものを好きになってしまったことだ。でも、それを好きであることにどれくらい自分のアイデンティティがあるというんだろうか？よく考えてみるといい。ほんとに、それを大量に食べることがそんなに楽しいか？実は楽しいのは２０％くらいで、他は全部惰性だったりしないか？&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;小さい子供ならともかく、大人なら自分の趣味についてたくさんの選択肢があるだろう。今の自分にどういう趣味をプラスすれば自然と健康的な生活になるか考え、好きな趣味を我慢しなくてもいいような人間になればいい。今好きなものは、たまたまの巡り合わせで醍醐味を知ったものだ。それはそれで素晴らしい。でも、良いものはたくさんとればなお良いというわけでは全くない。たまにしかとらないから密度が高くなり、感覚が鋭くなったりすることだってある。それで空いた時間は他にまわしてはどうか。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;人間は年をとると抽象的な思考力は高まると言われている。筋力や計算力は衰えても、若いときに見えない景色が見える時がくる。時代も大きく変わって色々な新発見・技術が登場するだろう。そういう未来の自分に健康的な体を残そうと考えないのは僕にはよく分からない。もちろん、どんなに気をつけたって死ぬときは死ぬ。でも、小さいリスクも積もれば山となることを理解していれば、生活習慣の改善に対して投げやりになることはないはずだ。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-651707931403217510?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/651707931403217510/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post_18.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/651707931403217510'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/651707931403217510'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post_18.html' title='健康について'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-7201793066540195995</id><published>2010-05-16T03:31:00.000+09:00</published><updated>2010-05-16T03:31:51.959+09:00</updated><title type='text'>「現実はクソゲー」を至言だという人がいる</title><content type='html'>現実は別にクソゲーではない。一部の人にクソゲーだと言われる現実とは人間社会を指してると思われるが、そのルールを規定しているのは物理法則そのものだ。物理法則にとって人間社会なんて「ついで」に成立しているに過ぎないのであって、ゲームを作っているつもりすらないだろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;それにもかかわらず私たちは、私たちにとっての「ゲーム」という概念を発生させうるものは「この物理法則」しか知らない。現実がクソゲーだと言うなら、クソゲーでない現実を発生させうるものは何か？という問いに答えなければならない。&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-7201793066540195995?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/7201793066540195995/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post_16.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/7201793066540195995'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/7201793066540195995'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post_16.html' title='「現実はクソゲー」を至言だという人がいる'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry><entry><id>tag:blogger.com,1999:blog-5403774720402607851.post-4767388499368412227</id><published>2010-05-08T13:50:00.005+09:00</published><updated>2010-05-26T09:33:36.588+09:00</updated><title type='text'>ねづっちボットを作る</title><content type='html'>&lt;a href="http://j.mp/9EcvhB"&gt;こういうわけ&lt;/a&gt;で、７月からtwitterAPIを使うのにベーシック認証が使えなくなるのですね。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;マイコミジャーナルではツイッターで記事につけたコメントを集めた&lt;a href="http://j.mp/dsiXtf"&gt;まじつぶ&lt;/a&gt;というサービスをやっとるんですが、「記事にコメントをつける」ところでベーシック認証を使ってる。なので代わりの方法であるOAuth（&lt;a href="http://j.mp/arIIzh"&gt;http://j.mp/arIIzh&lt;/a&gt;を参考にオォースと読むことにしてる）に切り替えないといけないんだけど何だかややこしい。ツイッターのボットでも作ってみたらいい演習になるんじゃない？と考えました。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;どんなボットがいいかな〜と思って何週間か悩んでいたらテレビにねづっちがでていた。でツイッターに「ねづっちボットってあったら面白そう」と言ったら面白そうですねという反応があった( &lt;a href="http://j.mp/9FMSIR"&gt;http://j.mp/9FMSIR&lt;/a&gt; &lt;a href="http://j.mp/akKdff"&gt;http://j.mp/akKdff&lt;/a&gt; )のでやる気になりGWに作ることに。&lt;br /&gt;※比較的最近使い始めた&lt;a href="http://delicious.com/spinel3/ruby"&gt;deliciousのrubyタグ&lt;/a&gt;はねづっちbot作成のための資料がほとんど&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯ねづっち作成方針&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ー　大方針　ー&lt;br /&gt;・＠nezucchi_bot [お題] のように話しかけてもらい、[お題]でツイッターの世界を検索。全角文字がなるべく多く含まれるツイートを探し、これを[心]とする。[心]を、Yahooの形態素解析サービス( http://j.mp/abW6hx )を使って品詞単位に分割し、名詞だけを集める。この中から「全てひらがなでない・全て半角でない・[お題]との&lt;a href="http://j.mp/awOXy6"&gt;レーベンシュタイン距離&lt;/a&gt;がなるべく遠い」という条件で候補を絞り、最終的に残ったものの中からランダムで[答え]を決定する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;こうして、「ととのいました！[お題]とかけまして[答え]とときます、その心は[心]！」というなぞかけを完成させる。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・誰も話しかけてくれない時はお題を自分から探しにいく。&lt;a href="http://d.hatena.ne.jp/hotkeyword"&gt;はてなキーワード&lt;/a&gt;からランダムに１つを選択。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;ー　小方針　ー&lt;br /&gt;・一度答えたお題にそれ以降答えないようにするため、お題のツイートIDをDBに保存する。&lt;br /&gt;・DBを簡単に利用するため、また、ActiveSupportの便利なモジュールを利用するため、Railsを使う。&lt;br /&gt;・ボットはウェブアプリケーションではなくバッチで動かすので &lt;a href="http://j.mp/b3q8Hx"&gt;script/runner&lt;/a&gt; を使う。&lt;br /&gt;・長いURLをポストする時は短縮する( bit.ly )&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯環境構築&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;まだあまり使いこなせていないMacの環境構築から始める。&lt;br /&gt;OSバージョン：10.6.3&lt;br /&gt;Core2 Duo, メモリ4GB&lt;br /&gt;Rails : 2.3.5（初めからインストールされてた）&lt;br /&gt;mysql : 5.1.46 &lt;a href="http://j.mp/cOB7ch"&gt;http://j.mp/cOB7ch&lt;/a&gt; を参考に。64bit版じゃないと動かない&lt;br /&gt;XCode : Cコンパイラとか。Mac付属のCDに入ってるらしいんだけどDLした( &lt;a href="http://j.mp/cNzefy"&gt;http://j.mp/cNzefy&lt;/a&gt; )&lt;br /&gt;※Windowsの場合はVisual Studio 2008 Express Editionあたりをインストールすればよかろう。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・プロジェクトの作成&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# rails nezubot --database=mysql&lt;br /&gt;# cd nezubot&lt;br /&gt;# ruby script/generate scaffold Nezubot postid:string user:string tubu:text &lt;br /&gt;# vi config/database.yml -&gt; adapter: mysql&lt;br /&gt;# rake db:create&lt;br /&gt;# rake db:migrate&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・OAuthの準備をする&lt;br /&gt;&lt;a href="http://j.mp/9TbPyH"&gt;http://j.mp/9TbPyH&lt;/a&gt; を参考に４つのキーを取得する。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・短縮URLの準備をする&lt;br /&gt;bitlyのAPIキーを取得しておく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;・Yahoo形態素解析の準備をする&lt;br /&gt;yahooのAPIキーを取得しておく。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯実装&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;長いので急所だけ。&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;#!/usr/bin/env ruby&lt;br /&gt;# coding: utf-8&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;require 'json'&lt;br /&gt;require 'rest_client'&lt;br /&gt;require 'uri'&lt;br /&gt;require 'oauth'&lt;br /&gt;require 'pp'&lt;br /&gt;require 'leven' # http://j.mp/awOXy6 を外部ファイル化&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# URL短縮関数&lt;br /&gt;def shorten(long_url)&lt;br /&gt;　id = 'xxx'&lt;br /&gt;　api_key = 'xxx'&lt;br /&gt;　req = "http://api.bit.ly/v3/shorten?login=#{id}&amp;apiKey=#{api_key}&amp;uri=#{URI.encode(&lt;br /&gt;long_url)}&amp;format=json"&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　json = RestClient.get req&lt;br /&gt;　jhash = ActiveSupport::JSON.decode json&lt;br /&gt;　jhash["data"]["url"]&lt;br /&gt;end&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# お題[q]から[心]を求める関数&lt;br /&gt;def getBestres(q)&lt;br /&gt;　bestres = []&lt;br /&gt;　uri = "http://search.twitter.com/search.json?q=" + URI.encode(q) + "&amp;locale=ja";&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　begin&lt;br /&gt;　　json = RestClient.get(uri)&lt;br /&gt;　　jhash = ActiveSupport::JSON.decode(json)&lt;br /&gt;　rescue&lt;br /&gt;　　abort("rescued in getjson")&lt;br /&gt;　end&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　if( jhash["results"] != [])&lt;br /&gt;　　jhash["results"].each{ |r|&lt;br /&gt;　　　if( r["text"].gsub(/[ -~｡-ﾟ]*/,"").length &gt; 200 )&lt;br /&gt;　　　　bestres = [r["id"],r["text"],r["from_user"],q ]&lt;br /&gt;　　　　break&lt;br /&gt;　　　end&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　　bestres = [r["id"],r["text"],r["from_user"],q ] if bestres==[]&lt;br /&gt;　　}&lt;br /&gt;　end&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　return bestres&lt;br /&gt;end #getBestres&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# [心]から[答え]を決定する関数&lt;br /&gt;def getBestnoun(bestres)&lt;br /&gt;　yuri = "http://jlp.yahooapis.jp/MAService/V1/parse?appid=[API_KEY]&amp;results=ma,uniq&amp;uniq_filter=9|10&amp;sentence="&lt;br /&gt;　nounlist = []&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　if( bestres != [] )&lt;br /&gt;　　yuri = URI.encode(yuri + bestres[1])&lt;br /&gt;　　yhash = Hash.from_xml RestClient.get(yuri)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　words = yhash["ResultSet"]["ma_result"]["word_list"]["word"]&lt;br /&gt;　　words.each{ |w|&lt;br /&gt;　　　nounlist.push w["surface"] if w["pos"]=="名詞"&lt;br /&gt;　　}&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# 名詞ではなくても、括弧類で囲まれた語は候補に加える&lt;br /&gt;　　nounlist.concat bestres[1].scan(/(「.*?」)|(\[.*?\])|(『.*?』)|(（.*?）)|(\(.*?\))/).&lt;br /&gt;flatten&lt;br /&gt;　　nounlist.uniq!&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# casecmpは全角半角無視で文字列同士を比べる&lt;br /&gt;　　nounlist = nounlist.select{ |i| (i=~/^[^ -~｡-ﾟ]*$/)==0 &amp;&amp; !(i=~/^[ぁ-ん]*$/) &amp;&amp; i.length&lt;br /&gt;&gt; 5 &amp;&amp; i.casecmp(bestres[3])!=0 }&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;(中略)&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　return nounlist.rand&lt;br /&gt;end&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# 取得した４つのキーを使ってOAuthの下準備をする&lt;br /&gt;begin&lt;br /&gt;consumer = OAuth::Consumer.new(&lt;br /&gt;CONSUMER_KEY,&lt;br /&gt;CONSUMER_SECRET,&lt;br /&gt;:site =&gt; 'http://twitter.com'&lt;br /&gt;)&lt;br /&gt;access_token = OAuth::AccessToken.new(&lt;br /&gt;consumer,&lt;br /&gt;ACCESS_TOKEN,&lt;br /&gt;ACCESS_TOKEN_SECRET&lt;br /&gt;)&lt;br /&gt;response = access_token.get('http://twitter.com/statuses/mentions.json')&lt;br /&gt;rescue&lt;br /&gt;abort("rescued in oauth.new")&lt;br /&gt;end&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# 出してもらったお題を処理してなぞかけを送信する&lt;br /&gt;JSON.parse(response.body).each do |status|&lt;br /&gt;　news = []&lt;br /&gt;　postid = status['id']&lt;br /&gt;　user = status['user']&lt;br /&gt;　tubu = status['text'].gsub("　"," ")&lt;br /&gt;　next unless (tubu=~/^(@|\.@|＠)/)==0&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　ActiveRecord::Base.cache do&lt;br /&gt;　　news = Spbot.find(:all, :conditions =&gt; ["postid = ?", [postid] ])&lt;br /&gt;　end&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　if( news==[] )&lt;br /&gt;　begin&lt;br /&gt;　　q = tubu.split(' ')[1] || ""&lt;br /&gt;　　next if(q=="")&lt;br /&gt;　　bestres = getBestres(q)&lt;br /&gt;　　bestnoun = getBestnoun( bestres ) || "error:#{q}:できませんでした！(T-T)"&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　ans = bestnoun&lt;br /&gt;　　ans = ".@#{user['screen_name']} ととのいました！ #{q} とかけまして #{bestnoun} とときます、その心は次のツイートで！" if !ans.include? "error"&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;　　if !$DEBUG&lt;br /&gt;　　　access_token.post('http://twitter.com/statuses/update.json','status'=&gt; ans )&lt;br /&gt;　　　access_token.post("http://twitter.com/statuses/retweet/#{bestres[0].to_s}.jso&lt;br /&gt;n") if !ans.include? "error"&lt;br /&gt;　　end&lt;br /&gt;　rescue&lt;br /&gt;　　abort("rescued in postid:#{postid}")&lt;br /&gt;　else&lt;br /&gt;　　Spbot.create(:postid =&gt; postid, :user =&gt; user, :tubu =&gt; tubu) if !$DEBUG&lt;br /&gt;　end&lt;br /&gt;end&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;end if ARGV[0] #JSON.parse&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;# 一人なぞかけは省略&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯定期実行&lt;br /&gt;0 * * * * ( script/runner nezu.rb) # 一人つぶやき&lt;br /&gt;*/10 * * * * ( script/runner nezu.rb reply) # お題に答える&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;◯完成品&lt;br /&gt;http://twitter.com/nezucchi_bot&lt;br /&gt;&lt;br /&gt;5/26 追記 &lt;a href="http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post_26.html"&gt;別のねづっちボット&lt;/a&gt;&lt;div class="blogger-post-footer"&gt;&lt;img width='1' height='1' src='https://blogger.googleusercontent.com/tracker/5403774720402607851-4767388499368412227?l=spinel3.blogspot.com' alt='' /&gt;&lt;/div&gt;</content><link rel='replies' type='application/atom+xml' href='http://spinel3.blogspot.com/feeds/4767388499368412227/comments/default' title='コメントの投稿'/><link rel='replies' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post.html#comment-form' title='0 件のコメント'/><link rel='edit' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/4767388499368412227'/><link rel='self' type='application/atom+xml' href='http://www.blogger.com/feeds/5403774720402607851/posts/default/4767388499368412227'/><link rel='alternate' type='text/html' href='http://spinel3.blogspot.com/2010/05/blog-post.html' title='ねづっちボットを作る'/><author><name>spinel3</name><uri>http://www.blogger.com/profile/17401719770951731500</uri><email>noreply@blogger.com</email><gd:image rel='http://schemas.google.com/g/2005#thumbnail' width='32' height='32' src='http://1.bp.blogspot.com/_mPIf4CWFrxQ/S-S__l7A16I/AAAAAAAAA7w/RoKXfu3jj2I/S220/cat.jpg'/></author><thr:total>0</thr:total></entry></feed>
